しあわせ日記
3月21日(水)幸せについて
久しぶりに「幸せ」について書いてみようと思います。
このホームページを始めた頃は、幸福の側面とかいろいろ書いていました。
幸せ問答をまとめてからは書いていません。
ところで、なぜ、「幸せ」について考えるのか?
「幸せ」について考えることに価値はあるのか?
私は、ご存じのとおり“幸せオタク”ですから、「幸せ」についてよく考えます。
私の場合には、幸せになる方法を見つけるために「幸せ」について考えるのだと思います。ただ考えるだけでなく、何か具体的に役に立つ方法(幸せになるための考え方/考えるヒント/実践できることなど)を見つけることができたら、と心がけています。
その前に、「幸せになりたい」という誰もが持っている願いがあるのは間違いありません。
では、なぜ、ほとんどの人は「幸せ」についてそれほど考えないのでしょうか?
「幸せ」について考えても、なかなか答えは見つからないし、幸せになるヒントが見つからないことのほうが多いかもしれません。「幸せ」について考えて、不幸になる考え方をしてしまって、「自分は不幸だ」「幸せになれない」と考えてしまうこともあると思います。
私が考えた幸せになるための「幸せ」についての考えを紹介できたら、と思います。
以前に考えたことを整理しながらということになると思いますが、「幸せ」に関する新たな発見や幸せになる方法を見つけることができたら、と思っています。
3月22日(木)幸福感
そもそも「幸せって何?」と聞かれたら、
とりあえず、「“幸せの対象”と“幸福感”」と答えるでしょう。
私は、特に“幸福感”を大切にしています。その理由は、
・幸せそうに見えても、本人が幸せだと思っていなければ、その人は幸せではない。
・幸せを持っていても、幸せを感じられないのでは、持っていないのと変わらない。
・幸せなことをしても、幸せを感じられないのでは、幸せなことではなくなる。
・夢を持っていても、幸せを感じられないのでは、夢の価値がない。
・愛する人といっしょにいても、幸せを感じられないのでは、愛する価値がない。
・幸せな人生だったと言える(ように生きる)のなら、途中でも幸せを感じられたほうがいい。
幸せを感じられることはいいこと。その理由は、
・幸せを感じられること、それ自体が望ましいことなのは明らか。
・幸福感はいい気分につながって、その後も幸せに過ごしやすくなる。
・「幸せを力に」と、さらに幸せになれることもある。
・幸せを感じることは、心の休養と栄養になる(たぶん体にもいい)。
・悩みを抱えていても、幸せを感じられる時間を持てれば、それなりに幸せに暮らせる。
・幸せを感じられることで、生きててよかった、生きている価値がある、と思える。
などと、“幸福感”の押し売りみたいになっちゃいましたが。
“幸せ”というと、“幸せの対象”だけを考える人が多いように思います。「○○を手に入れたい」「○○を達成したい」「○○と出会いたい」「○○を見つけたい」「○○を身につけたい」・・・。このように考えるのは当たり前なのですが、「○○して、幸せになりたい(幸せを感じたい・幸せを感じて暮らしたい)」というのが本当のはずです。だから、せっかく幸せを手に入れた時にほとんど幸せを感じられなかったり、手に入れた幸せをまだ持っているのに忘れてしまったりするのは、すごくもったいないと思うのです。
中には、いつも幸せを一生懸命に求めているのですが、「この人はいつになったら幸せを感じられるのかなぁ?」と私が思ってしまうような人もいます。
“幸せの対象”だけを求めて“幸福感”を大切にしていないからじゃないでしょうか。
では、どうやったら、もっと幸せを感じられるでしょうか?
「味わう」とか「愉しむ」というようなことが大切ではないかと思います。
ということで、日記の次のテーマは「愉しむ」にしましょうか。
幸せ(の対象)探しはけっこう難しいかもしれませんが、幸せを感じられるもの(事・人・物)だったら見つけやすいような気がします。
“幸せの対象”を求めるよりも“幸福感”を求めることを重視したほうが、幸せになりやすいんじゃないか、という感じがしています。
3月23日(金)幸せはたくさんある
「幸せはたくさんある」
「いろんな幸福感がある」
人それぞれに「幸せになる方法もたくさんある」
「幸せはたくさんある」と言ったら、「そんなの当たり前」と思う人も多いでしょう。
でも、「○○がないと幸せになれない」と思い込んでいるかのように生活している人もいます。試験に合格しないと、いい学校や会社に入れないと、出世・成功しないと、金持ちになれないと、有名になれないと、いい人と出会えないと、結婚しないと、子供ができないと、強くなれないと、何かを手に入れないと、何かができないと、・・・(幸せになれない)。
今は幸せに暮らせないという人は、このような言い訳が心の中にあるのではないでしょうか?
「幸せはたくさんある」と考えられる人は、今は手に入らない幸せがあっても、他にも幸せはあることがわかるはずなのですが・・・。(ちょっとイジワルかな)
頭でわかるのと、心でわかるのは、違うのかもしれません。
1つの幸福感はそんなに長くは続きません。たくさんの幸せがあったほうが幸せを感じられる回数も時間も増えます。
人間には飽きや慣れもあります。いろんな幸せを交互に味わったほうが飽きません。ご飯のおかずも三食同じものばかりでは飽きてしまいます。
私は、幸せをつなぐようなこともよくやります。
「幸せは星の数ほどある」
「幸せはたくさんある」と思えたほうが幸せになりやすい、と思うのですが。
3月24日(土)大きい幸せ?
「幸せはたくさんあると思えない」、もう1つの理由は「大きい幸せしか幸せだと思えない」ことです。「幸せ」というと自分の頭の中にある特定の大きい幸せしか考えられない、大きい幸せを見つけようとばかりして見つからない、見つかっても自分には大きすぎるために最初からあきらめてしまう、・・・。
大きい幸せを求めないほうがいい、ということではありません。私はむしろ、大きい幸せを求められる人は求めたほうがいい、と思っています。「夢を持って生きる」「人を愛する(人を幸せにする)」をおすすめしています。
大きい幸せだけでなく小さい幸せや中くらいの幸せもいっしょに求めたほうがいい、ということです。私が考える「幸せな人生」は、
「日々小さな幸せをいくつも感じ、時々中くらいの幸せを感じ、
たまに大きな幸せを感じられる可能性がある人生」
大きい幸せを求めつつも、小さい幸せや中くらいの幸せを求めることは可能です。その大きな幸せを求める過程での小さな幸せや中くらいの幸せもあるし、それ以外の小さな幸せや中くらいの幸せもあります。
むしろ大きい幸せを求め続けるためには、日々の小さな幸せが大事なんじゃないかという気がします。大きい幸せを手に入れるためには時間がかかることが多く、苦しい・つらいだけでは続かないと思います。
実は誰もが大きい幸せを持っています。
健康、いい人間関係、まわり人の存在、ふつうに生活できること(そのための何か)、生きていること、・・・。
このような幸せにはなかなか気づきにくく、失ってはじめてその大きさに気づく人も多いようです。
また、幸福感からいうと、大きい幸せも小さい幸せもそれほどの差はない、というのが私の実感です。ささやかな幸せでも心にしみじみと感じられたりすると、「すごく幸せだなぁ」と思えることがあります。
本当は、「大きい幸せもたくさんある」のだと思います。それが見つからないのは、自分の努力や能力が足りないからではないか、と思ったりもします。
大きい幸せがほしい 努力もしないで?
3月25日(日)何をどう考えるか
幸不幸の度合いを分ける一番の要因は、「何をどう考えるか」だと思います。
いい事があった時に、その幸せに気づき・幸せを感じることができるかできないか。
イヤな事があった時に、いかに軽く済ますことができるか。少しでも幸せになる考え方ができるか。
でも、いい事やイヤな事は1日の中ではそれほど多くはないと思います。それ以外の時間に何を・どういうふうに考えるかが、幸せに暮らせるかどうかには大きいと思います。
イヤな事を想い出したり、自分の欠点や足りない所を考えても、イヤな気もちになってしまうことが多いと思います。この事・この人の事を考えると必ずイヤな気分になってしまう、という事もあります。
反対に、この事・この人の事を考えるといい気分・幸せな気分になれる、という事もあります。
「不幸を数えて暮らすより、幸せを数えて暮らそう」
このような意識を持って生活できたら、と思うのですが。
たいていの人は自分が何をどういうふうに考えるかはその場の成り行き任せだと思います。
幸せになれる事を考えよう、幸せになれるように考えよう、と心がけることが幸せに暮らすための第一の方法だと思います。
3月26日(月)不幸はあっても
不幸の種は誰でも持っています。
誰でも不幸な出来事には出遭います。
××があるから、××があったから、人が××だから、私は××だから、・・・「(不幸な事があるから、私は)幸せになれない」と考える人がいます。
不幸な事が1つでもあると、幸せにはなれないのでしょうか?
不幸な出来事があった直後には、ある程度の時間は幸せに過ごせない時もあります。でも、その時にはそれなりに少しでもラクに過ごせる方法があると思います。そして、時間がたてば幸せに暮らせる時がくるはずです。
悩みや問題を抱えていてもそれなりに幸せに暮らすことはできると思います。
どうにもならない不幸な事を抱えていても同じではないかと思います。不幸な事は最初は重く苦しいけど、少しずつ慣れるものです。その前に倒れてしまうような場合は別ですが、なんとか生活できるくらいであればきっと少しずつ慣れて、それがふつうの事になるんじゃないかと思うのです。
いつまでたっても不幸な事が重く続くのは、自分がその不幸を繰り返し思い出して嘆いたり・人のせいにしたり・自分を責めたり、余計なことを付け足して考えたりするからです。
もう1つは、その不幸を言い訳にして幸せになる努力をしないからではないかと思います。
幸せに暮らせるようになると、過去の不幸な出来事も、自分が抱えている問題も、ほとんど思い出さなくなるようです。不幸な気分の時に、その理由を探してそれらを思い出してそのせいにしているんじゃないでしょうか。もう1つの、自分が幸せになる努力をしていない、ということは棚に上げて。
「幸せの中にポツンポツンと不幸があるのと、
不幸の中にポツンポツンと幸せがあるのと、どっちがいい?」
というのは、「29歳のクリスマス」(脚本・鎌田敏夫)の中のセリフですが、幸せも不幸も両方あるのが人生です。
幸せの種(対象)は、できるだけたくさん見つけて、十分に味わう。
不幸の種は、探さないで、見つけてしまったものは少しでもラクに受け流す。
このようにできたらいいんじゃないかと思います。
3月27日(火)幸せになるって?
幸せになるためには? というと、何かを手に入れることを考えるのがふつうだと思います。
マイホームなどの物/お金・高収入/いい仕事/出世・成功/いい人との出会い・恋愛・結婚・子供/・・・など、幸せの対象を手にすれば幸せになれる、と。
では、その何かを手に入れるまでは幸せにはなれないのでしょうか?
その何かを得られなかったら永遠に幸せにはなれないのでしょうか?
その何かを手に入れたらずっと幸せでいられるのでしょうか?
その何かを失ったら不幸になってしまうのでしょうか?
「幸せになる」というのは、「幸せに暮らせるようになる」(そういう自分になる)と考えるのがわかりやすいんじゃないか、現実的じゃないか、いいんじゃないか、と私は最近考えています。
「幸せに暮らす」というのは、あくまでも日常生活で、ということです。
また、特別な何かがなくても、それなりに幸せに暮らすことはできるようになると思うのです。
幸せになれる何かを求めて努力するのはいいことです。それも幸せになる方法の1つです。
何かを求めるのも、幸せに暮らす生活の中の一部になればいいのです。そうすれば、手に入れる前にもそれなりに幸せに暮らせ、手に入れたら大きな幸せを得られ、もし失ってもまたそれなりに幸せに暮らせるはずです。
では、幸せに暮らせるようになるためには?
この方法については、いつも書いているので想像がつくとは思いますが、またあした。
3月28日(水)まず「今は幸せ」から
幸せに暮らせるようになるためには、まず「今は幸せ」と思えるようになることから始めるのがいいんじゃないかと思います。
自分が今持っていない特別な何か(幸せ)がなくても、今のままでも幸せに暮らせるようになるということです。
と言っても、すぐにすごく幸せになれるということはまずありません。
「今は幸せ」の度合いを少しずつ高めていくということです。日常生活の中で幸せを感じられる回数と時間を増やし、幸福感を確かに感じられるようにしていくということです。
具体的にどうしたらいいか?
それがこのホームページのテーマのようなものです。そのための工夫や考え方や方法やヒントを提供できたら、と思っています。
幸せに暮らすためには、「気分よく生活する」「今を大切にする」「ハッピー・ウォーキング」などが参考になると思います。
また、「よろこぶ」「愉しむ」(4月1日からのテーマ)というようなことも大切だと思います。
「あなたは幸せですか?」に「はい」と答えられる人は、基本的に幸せなんだと思います。そういう人は幸せに暮らせていいはずです。すぐに生活の中で幸せを感じられるようになると思います。
「あなたは幸せですか?」に「いいえ」と答える人は、小さな幸せでも、少しでも感じられるようにしていけば、いつかは「はい」と答えられるようになると思います。
もう1つの方法は、たまに「今は幸せ」と心の中で言うことです。そう心から言えれば、それだけでも少し幸せを感じられます。
「今は幸せ」と繰り返し言うことで、だんだんそう思えてくるんじゃないかと思います。自己暗示とか潜在意識に働きかけるとかいうようなものでしょうか。
「今は幸せ」と思え、実際に生活の中で幸せを感じられることが増えていくことが、どれだけ価値があるか。それは自分で経験しないとわからないのかもしれません。
3月29日(木)でも、もう少し
「今は幸せ。でも、もう少し幸せになれたらいいな」
という姿勢でいつもいられたらいいんじゃないか、と私は思っています。
「今は幸せ」と思えれば、それだけでもいいのかもしれませんが、「でも、もう少し」という気もちが常にあったほうがいいと思うのです。
もう少し幸せになるためには、もっと今の幸せを感じられるようになる、幸せになる方法を考え・実践する、やりたいことをやる、夢を持って生きる、人を幸せにするなど、もっといろいろな方法があると思います。
とにかく少しでも幸せになれることを、考える時間を持ち、考えたことを実践し続けるということが大事なんじゃないかと思います。
「幸せになれない」という人は、自分が幸せになれそうな(現実的な)方法を考え・実践していないのではないでしょうか。「忙しい」「××だから」「私にはできない」などと(無意識にでも)自分に言い訳をして。
幸せになる方法を考えようとしても、はじめのうちはなかなかうまくできないかもしれません。でも「今は幸せ」と思えればあわてることはありません。「もう少し」でいいと考えれば何か方法は見つかると思います。「なれたらいいな。すぐになれなくてもまぁいいか」くらいにラクに考えられたら、と思います。
「もう少し幸せになれたらいいな」と、努力を続ければ少しずつ幸せになれる。そう私は信じています。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが。でも実際にそれをしている人はどのくらいいるのでしょうか。
3月30日(金)努力
ふつう人は、生きていく中でのいろんな経験を通して、しぜんに成長していくものなのでしょうが、「幸せに(暮らせるように)なろう」と努力したほうが早く着実に成長できると思います。
仕事や勉強にはいっぱい努力するのに、なぜ、幸せになるための努力をしない人が多いのでしょうか?
“努力”というと大変・つらいのようなイメージを持つ人もいると思いますが、遊びでも恋愛でも人づきあいでも努力しているのだと思います。そのために時間を使って考え・行動しています。自分が好きな事・やりたい事・愉しめる事なら“努力”という感じはしないのだと思います。“よろこんでやれる”努力ならいいのでしょう。
みんな幸せは好きなはずで、幸せになりたいはずで、幸せを感じられれば十分に愉しめるはずなのですが・・・。
幸せになるための努力は“よろこんでやれる”と思うのですが・・・。
「なぜ幸せを求めて生活しないのか」と書いたことがあります。いろんな理由があるとは思いますが、本気で「幸せになりたい」と思うのなら、幸せになるための努力はしたほうがいいと思うのです。
「努力をすれば少しずつ幸せに(暮らせるように)なれる」と私は信じているし、実感もしています。
仕事の10分の1、100分の1でもいいから、幸せになるための努力をすればいいのに、なんて私は思ってしまいます。
「幸せになりたい」と努力する人の手助けが少しでもできたらいいな、と思います。
3月31日(土)幸せの自覚
「幸せって何?」の、もう1つの答えは、「自分が幸せだと思える事、すべて」です。
また、幸せは人それぞれです。
まず、自分の幸せをたくさん知ること。
そして、それらの幸せを十分に感じて生活すること。
そのためには、今を大切にすることがいちばんだと思います。幸せを感じられるのは「今、ここ」だけですから。
もう1つ大きいのは、「幸せの自覚」ではないかと思います。
「今は幸せ」という自覚があれば、いつでも「今は幸せ」と想うことで小さな幸せを感じることができます。何かよくない事があっても、「基本的に幸せ」と思い出すことができれば、軽く済ませることができます。
幸せな感じがした時に、「幸せだなぁ」と思うことで、幸福感が確かになります。
自分が持っている幸せをたくさん自覚していれば、それらを心の中で確認したり感謝したりすることで、幸福感を得られます。
自分が夢を持って生きている自覚、幸せにしたい人がいる自覚もすごく幸せなことです。
自分の人生は「幸せな人生」だと自覚できることがどれだけ大きいことか、は実感してみないとわからないかもしれません。
「幸せについて」を書いてきましたが、まだまだ書き足りない感じもするし、もうちょっと整理しないと、とも思いました。また、ちゃんとまとめてみたい気もしています。
まぁ、私のライフワークですから、時間をかけてじっくりと考えていこうとは思っています。
「幸せについて」も参考になさってください。