しあわせ日記

11月1日(水)『生きるヒント』1章
 なぜか『生きるヒント』(五木寛之)の1章「歓ぶ」を、読み返してみたくなりました。

 私は、幸せになるためには「小さな幸せ」を感じられるようになることがすごく大きい、と思っています。それなくしては毎日幸せに暮らすことはできないかもしれない、とも思ってしまうくらいです。

 「小さな幸せ」なんて言うと(本当に小さいと)バカにする人もいると思います。また、「幸せ」という言葉に抵抗がある人、「幸せ」の意味がわからない人、「幸せ」はすごいものだと思っている人などもいます。
 その点、「よろこび」でしたら、身近でわかりやすく抵抗がないのではないでしょうか。ましてや、五木さんの文章です。
 1章「歓ぶ」の中に、次のようにありました。

   この暗愁にみちた人生をはげましてくれるものは、
                日々のよろこびです。

 この章の中で、なんと言っても印象的なのは〈よろこび上手〉という言葉でした。
 そして私は、“よろこび”をそのまま“しあわせ”に読みかえてみました。
 〈しあわせ上手〉こそ、私たちが目指すものではないかと思います。



11月2日(木)よろこび下手
 私は元来、〈よろこび下手〉です。
 人から見れば、良く言えば「ポーカーフェイス」、悪く言えば「無表情」。「何を考えているかわからない」と思う人もけっこういるんじゃないでしょうか。
 でも実際には、いろんなことに敏感でいろんなことを考え(過ぎ)てしまうほうなのですが。
 最近では心の中ではけっこうハッピーなのですが、それが外に表れているかどうかは、自分ではちょっとわかりません。
 ひとりの時にはけっこう素直によろこべることも多いのですが、人前ではなかなかそうはいきません。恥ずかしいのか、人の目が気になるのか、見栄みたいなものがあるのか。また、余計なことを考えてしまうことが多いような気もします。

 五木さんは、次のように書かれています。
(前略)言葉の量ではなくて、うれしさを自然に相手に伝えることは大事なことです。
 そのための第一条件は、まず、よろこぶ、という心のありようではないでしょうか。本当によろこんでいれば、それはおのずと外に表れるものです。本当の気持は隠しても隠しようがありません。
 『幸せになる方法』には、「幸せを素直に表現する」ということを書きました。少しでも幸せを感じたら、それを素直に表現することで幸福感をより感じられる、ということです。

 私も「幸せの表現」をいろいろと試した時期がありました。最近では、気もちが第一だと考え、表現は自然でいいと思っていますが、自分なりの幸せの表現をいろいろ試してみるというのはいいことだと思います。特に〈よろこび下手〉な人は。
 自分の表情や言葉や動作が幸福感に影響を与えるというのは事実です。その前に自分の幸せに気づけるかどうか、それを確かに感じられるかどうか、が大きいのですが。
 また、幸せを十分に感じる能力なんていうのもある、と思います。



11月3日(金)努力
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中に、五木さんは次のように書かれています。
 以前、一日に一回よろこぼう、と考えたことがありました。ちょうど男の更年期にあたる時期で、毎日がとてもしんどく感じられた頃のことです。一日に一回、どんなことがあってもよろこぶ。そう決心しました。そして、それを手帖に書くことにきめました。そのために新しい日付入りの手帖を買い込んだのです。
 ベストセラー作家の「五木寛之」さんほどの方が、このような努力をされたということがすごいことだと思います。それも今の私の歳を越えてからです。

 私も30代後半から真剣に「幸せ」について考え、「幸せに暮らそう」と心がけています。
 「なぜ幸せになるために努力しなければならないのか?」ということは以前書きました。
 努力すれば少しずつ幸せになれる、というのが私の考えであり、私自身がここ数年で実感していることです。
 五木さんは、このように書かれています。
 こんなふうに、その気になってよろこぼうと身構えていますと、よろこびはおのずからやってくる感じがある。よろこびたい心の触手を大きくひろげて待ちかまえていることが大事なんですね。すると、いつの間にか手帖に書ききれないほどいいことがどんどんみつかるようになってきました。
 「幸せを感じたい」と心のアンテナをはって(意識して)いれば、だんだんアンテナの感度が高まってくるんですね。自分の幸せに気づく能力が向上するのだと思います。
 「幸せになろうと努力する気になれない」という人はこちらを参考にしてみてください。



11月4日(土)習慣
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中で、五木さんはこのように書かれています。
 よろこぶ、というのも一つの習慣じゃないでしょうか。それに習熟することが必要な気がするのです。
 ハオハオ、本当にそう思います。慣れること、熟達すること、それが無意識にできるようになることが重要なんだと思います。
 慣れてないうちは、違和感がありうまくできないこともあります。そのためにイヤな気もちになったり疲れたりもします。でも、そこであきらめてやめてしまっては何にもなりません。
 ただやるだけではなかなかうまくはなれません。どうしたらうまくできるかを一生懸命に考え、自分なりに工夫をして努力を続けることで、だんだん上達してうまくできるようになれるのだと思います。
 はじめは意識しないと、つい忘れてしまうこともあります。習慣になれば、無意識に自然にできるようになります。
 〈よろこび上手〉には、生まれながらの素質というのもある。家庭の家風もあるだろうし、本人の性格もあります。しかし、人は多少なりとも慣れることができる。うれしいことがたくさんあり、よろこぶ回数が多くなればなるほど、やがて〈よろこび上手〉に変わらないともかぎりません。
 幸せを感じる回数と時間が増え、幸せを確かに実感できるようになればなるほど、〈しあわせ上手〉になれるのだと思います。

 幸せに暮らす習慣こそ、本当の「青い鳥」ではないか、と私は思っています。



11月5日(日)よろこばせ上手
 五木さんは、〈よろこばせ上手〉というのもある、と書かれています。
 私たちは、自分がよろこぶことを知ったうえで、自分の体を、そして自分の魂をもよろこばせることを学べるのではないか。
 さらに、自分以外の外の世界を、他人を、他の生命体を、どうにかしてよろこばせることができたらどんなにいいだろうと思わずにはいられません。
 人をよろこばすこと・幸せにすることは、自分の大きな喜びであり幸せです。
 そのことを自覚して、人を幸せにすることを考え、実践することを自分の喜びとできる人は、すごく幸せな人だと思います。

 人を幸せにすると言っても、小さなことでもいいのです。やさしさや思いやりをもって生活できたら、と思います。自分のまわりにそういう人がいてくれたら、幸せだと思いませんか?
 人を幸せにすることも、はじめはなかなかうまくはできないと思います。工夫し努力を続けることで、だんだんできるようになるのだと思います。自分なりの人を幸せにする方法がきっとあると思います。
 人を幸せにすることが自分の幸せだと心から思えるためには、その経験を積む以外にないような気がします。

 人を幸せにすることは、大きな幸せになる方法の1つだと思います。
 私ももっと〈よろこばせ上手〉〈幸せにし上手〉になれたら、と思います。



11月6日(月)自分をよろこばす
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中で五木さんは、「私たちは、まず、自分をよろこばせる必要がある」と書かれています。また、
 私たちは、まず自己を肯定するところから出発したほうがいいようです。自己を肯定し、自己を認めてやり、自己をはげまし、よろこばせること。それが必要ではないか。
 自分を肯定することはなかなか難しいかもしれません。問題のあるところは(現状は現状として「ハオハオ」と)受け入れ、自分にあるものを(「好好」と)よろこび、「今の自分はそれなりにいいんじゃないか」くらいに考え、つらい時には「そのままでいいよ」のように自分に言ってあげられたら、と思います。そのためにはまず、「自分を好きになる」ことからかもしれません。
 そして、自分に○○してあげたり、自分を大切にできたら、と思います。

 自分をよろこばす、自分を好きになる、自分を大切にする、自分を幸せにするなどという感覚や考えを持ったことのない人も多いと思います。
 それで幸せに暮らせるのならそれでいいと思います(幸せになる方法は他にもいっぱいあります)。
 なかなか幸せになれない人、不幸になりやすい人は、まず、このようなことを考え、試してみることをおすすめします。

 自分をよろこばす、自分を幸せにするということを、仕事や勉強や人づきあいや遊びと同じくらい一生懸命にやってもいいのではないでしょうか。



11月7日(火)基本的な幸せ
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中で五木さんは、次のように書かれています。
 私たちは、知的に充実すればするほど、大きな悲しみをあじわうことになりかねません。南北問題、中東の現状、地球環境の悪化、などという大きな事柄から、小さな個人的な出来事まで、日々は悩みと悲しみの連続です。老い、病気、愛と憎しみ、別れ、差別、孤独。そして、死。
 しかし、それにもかかわらず私たちは生きている。これからも生きていこうとしている。この点で生きている人間は、すべてが許されるのではないかと考えます。
「よく生きてきたね」
 と、私たちは自分にむかって言ってやる必要があると思うのです。
 「生きていること」。もしかしたらこれが究極の幸せの1つなのかもしれません。誰もが持っている幸せです。ただ、これを幸せと思えない人も多いと思います。

 今の日本に暮らしている人のほとんどはけっこう幸せなんじゃないかと思います。いろいろな幸せを持っているはずです。だから、「基本的に幸せ」と言えるんじゃないでしょうか。

 人はいつも幸せと不幸を両方持っているとも言えます。その時に自分の心の焦点が何にあたっているか、それでその人のその時の幸不幸が決まっているんじゃないか。

 何かイヤな事があっても、「基本的な幸せは変わっていない」と思えたら。
 なんとなく満たされない生活の中でも、ささやかなよろこびを持てたら。
 大きな問題があって悩み苦しんでいる時でも、自分が持っている幸せがあることに気づけたら。
 こういう小さなことでも、できるとできないでは、心の中はずいぶん違うと思います。

 「生きていること」以外にも、自分が常に持っている幸せは人それぞれにあるはずです。そういう基本的な幸せを大切にすることも、幸せになる方法の1つだと思います。

 と言っても私は、基本的な幸せだけじゃイヤだし、もっといろんな幸せを感じられたほうがいい、と思っています。
 基本的な幸せという土台の上に、自分なりの幸せな生活を築けたら、と思います。
  「今は幸せ。でももう少し幸せになれたらいいな」
 というのが、私が持ち続けようと思っている心の姿勢です。



11月8日(水)生きる支え
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中で五木さんは、次のように書かれています。
 シェークスピアの芝居の登場人物は言います。
「人はみな泣きながら生まれてくる」
 そんな人間にとって、なにが生きていくうえの支えになるのでしょうか。理想か。それとも、信念か。それとも絶対者への信仰なのか。
 どれも立派なことです。それらによって支えられる人生には、手ごたえがあり、輝きがある。
 なにが生きていくうえの支えになるのでしょうか?
 ぜんぜん立派じゃない私などは、まず、健康か人かお金かなどと本気で考えてしまいました。
 「」や「生きがい」や「」という人は多いと思います。
 「自分」と答える人もいると思います。頼りになるのは自分だけ、という考えです。「自分」と言っても、自信とか能力とか体・健康とか性格とか、いろいろあると思います。
 私だったらやはり「幸せになる能力」と答えたいところです。幸せになる能力が向上すれば、幸せに暮らせるようになります。幸せに暮らせているという実感があれば、それだけで十分、生きる支えになるのではないでしょうか。
 五木さんも、次のように書かれています。
 しかし、ごく普通の人間にとって、終始かわらぬ確信に支えられる人生というものは、手のとどかない高い所にあるような感じがすることも事実です。
 だからこそ、日々の小さな、どうでもいいような、つつましいよろこびが大事なのだと思うのです。


11月9日(木)自分から積極的に
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の中で五木さんは、次のように書かれています。
 私たちは、よろこびをもって生きたい。それを待っているだけではなく、自分からさがし出すことに慣れなければならない。どんなにつまらないことであってもいい、それをきょう一日の収穫として大事にしたい。
 最近、ビートたけしさんがCMの中で、「幸せは歩いてこない」と言っていますね。そこで、私が思い出してしまうのが、
  「♪幸せは歩いてこない だから歩いて行くんだね」
 という、チータ(水前寺清子さん)の歌「365歩のマーチ」です。

 幸せが歩いてくることもたまにはあります。でもやっぱり、自分から歩いて行ったほうが、より確実に幸せはやってきます。このホームページに来てくださる方は違いますが、世の中には(積極的に、自分から、じかに)幸せを求めない人がたくさんいます。

 「幸せへの道」は、決して短くはなく、山あり谷ありだと思います。壁とか関門とか落とし穴とか限界なんていうのもあります。「365歩のマーチ」の歌詞にも、「1日1歩 3日で3歩 3歩進んで2歩下がる」とありますが、本当にそんな感じがします。
 でも幸せへの道には、いろんな花が咲いています。上に行けば行くほど、たくさんの花が咲いています。
 待っていてもこないなら、自分から歩いて行きましょう、ということです。

 そのためには?
 五木さんは、次のように書かれています。
 要は、積極的によろこぼう、という姿勢がまず第一歩のような気がするのですね。


11月10日(金)しあわせ上手
 『生きるヒント』1章「歓ぶ」の最後に、五木さんはこのように書かれています。
〈よろこび上手〉こそ苦しい世に生きていく知恵なのだ、とぼくは自分の体験から思うのです。
 やはり体験してみないと、その本当の価値はわからないのかもしれません。
 でも、自ら体験した人の言葉には説得力があるような気がします。

 〈よろこび上手〉を体験するためには、ある程度はよろこび上手にならなければなりません。そのためには、努力が必要だし、少し時間がかかるのもしかたがありません。
 しかし、一度手に入れれば、ずっと役に立つもの(考え方や方法や習慣や能力など)です。

 話は変わりますが、「喜び」という言葉で私がもう1つ思い出すのは、「喜びを力に」という有森裕子さんの言葉です。そこで、「幸せを力に」ということをヒントに幸せになる方法を考えて、試してみようと思いました。ある程度成果がでたら、また紹介したいと思います。

 幸せになろうと努力し続ければ少しずつ幸せになれる、と私は実感しています。
 私流に言えば、「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」ですが、「〈しあわせ上手〉になる」と言っても同じだと思います。

 あなたが、少しずつでも着実に〈しあわせ上手〉になって、幸せに暮らせるようになれることを願っています。このホームページが少しでも役に立てたら、幸いです。


   

生きるヒント

幸せ雑記

生きるヒント(amazon.co.jp)

幸せのホームページ