しあわせ日記

7月11日(日)気分
 「楽天主義セラピー」(R・カールソン/春秋社)の中に、「幸せとは気分」「人生の見え方は、気持ちのありようによってまったくちがってきます」と書いてあります。

 幸せに暮らすためには「気分」は非常に大きい要素です。一日中いい気分で暮らせることを幸せに暮らすことだと言ってもいいと思います。(幸せに暮らす方法は他にもあります)
 実践講座に気分よく生活するための方法を書いてあります。

 気分はその時の感じ方だけでなく、その後にまで影響します。以前に「悩みの副作用」ということで、悩み・イヤな気分は波及する、ということを書きました。「楽天主義セラピー」では「気分のドミノ効果」という言葉を使っています。

 気分よく暮らすためには、まず自分の気分に気づけることが必要です。自分のいい気分に気づくことができれば「幸せだなぁ」と思うこともできます。早くイヤな気分に気づくことができれば、それだけ早く気分を回復することもできます。
 自分の気分に気づけるようになるための方法として、「今の気分は?」と自分に問いかけることをおすすめします。
 そして何よりも「気分よく過ごそう」という目的意識をもって生活することが大事だと思います。



7月12日(月)気分について理解する
 「楽天主義セラピー」には、気分について次のようなことが書いてあります。
 不快なとき、人はまちがいなく否定的に考えるだろうし、気分が低調であればあるほど、思考の否定的色合いは増していきます。

 沈んだ気分のときにはちょっとしたことが大きな障害に思え、ちょっと意見されればそれが大きな批判に聞こえ、将来の障害は克服不可能のようにみえます。

 低調な気分に関する大きな問題のひとつは、それが永遠に続くように思われることです。
 私も実際にそのようなことがよくあります。
 たとえば、「疲れている時」、「疲れている時」と、二度も書いていました。(きっと疲れていたんでしょう)

 「気分が思考を変える」「気分には波がある」この2つのことを理解しているだけでも大きいと思います。
 否定的な考えをし、イヤな気もちになった時、「気分のせいではないか?」と疑うことができます。「気分はほうっておけば必ず回復する」と思えます。
 「楽天主義セラピー」には、次のようにも書いてあります。

    「気分がよくなるのを待っていれば、
      すべての問題について正しい見方ができるようになる」



7月13日(火)気分を変える
 自分で気分を変えることはできるのでしょうか?
 「気分転換」という言葉があり、さまざまな気分転換法があります。
 「元気出してやろう」「楽しもう」などというのも気分を変えることだと思います。

 私は、「気分を変えて行動する」ことがあります。
 その前に「どんな気分・気もちでやるのがいいんだろう?」と考えることがあります。「元気に」「楽しく」「安らかな気もちで」「リラックスして」「集中して」「気合いを入れて」などと考えることが多く、そういう感じでできるように心がけます。
 最近多いのは「やさしい気もちで」というものです。これは特に人のことを考える時に使います。やさしい気もちで人のことを考えると、いい考えが浮かびやすく、イヤな気もちになりにくいのです。今の私にとってやさしい気もちでいられることは相当に幸せなことだと思えます。

 簡単な話、気分を変えるには幸せになれることをすればいいのです。自分の幸せになる方法をたくさん持っている人は、多くの時間を気分よく過ごせます。



7月14日(水)子どもから学ぶ
 「楽天主義セラピー」に、「子どもから学ぶ」というところがあります。
 子どもたちは自然にだれとでも仲良くなります。もちろんときどき言い争いをしたり喧嘩をすることはありますが、最後にはみんなで一緒に楽しめる方法を見つけるものです。子どもは失敗についてくよくよ考えず、だれをも平等に扱います。人生の美を見、実際、すべてのものを喜びとユーモアの素にしてしまいます。
 幸せに暮らすために、子どもから学べることは多いと思います。
 誰でもかつては子どもでした。そして、自分の心の中には「子どもの自分(インナーチャイルド)」が隠れていると思います。時には「子どもの自分」を大切にすることを考えたいと思います。

 「楽天主義セラピー」には、子どもがいつも幸せであるわけではない、でも、
 ほとんどの大人とちがうのは、子どもは動揺しても、ただそれだけのことで、すぐまた現在を生きつづけるという点です。
 イヤなこと、つらいことがあった時には、しかたがありません。でも、それが過ぎたらいつまでも悪い気分を続けないように心がける。そのためには、「今」を大切にしたほうがいい、ということのようです。

 私が子どもからいちばん学びたいことは、「素直さ」です。
 もっと素直に喜べばいいのに、もっと素直に人に接すればいいのに、もっと素直にやりたいことをやりたいと言えばいいのに、・・・もっと素直に幸せを感じればいいのに、こんなふうに思うことがあります。



7月15日(木)感謝
 幸せに関する本を読むと、多くの本に書かれているのが「感謝する」ということです。私も「幸せになる方法」に書いています。
 ところが多くの人にとっては「感謝」という言葉は身近なものではないようです。
 「楽天主義セラピー」の中にも「感謝は落ち込みの特効薬です」と書いてあります。
 そして、「感謝」ついて考えるいいヒントを見つけました。
 「感謝できることを何でも思いついたら、1000ドルあげよう」と私が言ったら、あなたは何と言いますか? たぶん「どれだけ時間をもらえますか」と聞いてくるだろうと思います。このような場合にあなたが感謝できることを何百でも思いつけるのは、意図的に思考を働かせるからです。
 さぁ、私が「感謝できることを1つ思いつくごとに、1万円あげよう」と言ったら、あなたはいくつ挙げることができるでしょうか。

 「感謝」という言葉にはこだわらずに、「ありがたいなぁ」と心から思うことができれば、心に幸福感が生まれます。だから、感謝できる対象がわかっているなら、単に「幸せだなぁ」と思えばいいんです。

 「幸せだなぁ」と思えるものを、たくさんを見つける方法の1つとして、「感謝できるものは?」と考えてみればいいと思います。「1万円分の幸福感が得られるから」と言っても信じてもらえないとは思いますが。



7月16日(金)幸せを疑う
 先日、「ミュージック・ハンマー」(フジテレビ)で歌手のhitomiさんが、趣味を始めてもすぐにあきてしまう、のようなことを言っていました。

 hitomi「後ろにいるもう1人の自分が
        『これに価値があるんだろうか?』って考えちゃう」
  所ジョージ「そのまた後ろにいるもう1人の自分が
        『なんてこと言ってるんだ!』と叱ってやればいい」

 自分の感じている幸せについて「これって本当に幸せ?」「こんなのに価値があるのだろうか?」などと考えてしまうと、幸福感はしぼんでしまいます。
 これらは不幸になる考え方です。

 私は「幸福感を疑うは不幸になる考え方だ。自分が幸せだと感じられることはすべて幸せだ」と考えます。ただ1つ1つの幸福感は時間がたてば消えていきます。どんどん次の幸せを感じるようにすればいい。その時その時の幸せを大切にすればいい。このように思います。
 自分の幸せを信じる能力の幸せになる能力の1つです。

ストップ! 自分が幸せと感じたことは確かな自分の幸せの1つ



7月17日(土)もう少し幸せになれたらいいな
 今、日本に暮らす人の多くは基本的に幸せなのだと思います。そのことを思い出すだけでも、いくぶんかの幸福感が生まれます。
 私は「今は幸せ」と思うことがよくあります。

 くよくよしない方法・その93は、「『モア・イズ・ベター』という考え方を捨てる」。
 すでに与えられているものにたいして感謝することを学ぼう。

 私は『モア・イズ・ベター』という考え方をします。「今は幸せ。でももう少し幸せになれたらいいな」と考えます。私はどんなに幸せになってもずっと、こう考えたいと思っています。
 なんでも「ハオハオ」と「今が幸せなのだから、もう十分」なんていう自分にはなりたくないんです。
 「もう少し幸せになれたらいいな」と考えられること自体が幸せだと思うし、「ではどうしたら?」と考えるのが好きなんです。そんな自分も好きだし。そういう生き方がしたいって思っています。



7月18日(日)おおむね幸せ
 「楽天主義セラピー」より。
 幸せな人たちといっしょにいてまず気がつくのは、彼らは必ずしもつねに幸せなわけではないことです。彼らはおおむね幸せです。
 私は、おおむね幸せに暮らしています。もちろん、イヤな気もちになることもあるし、トラブルが起こることもあります。また、自分なりにいくつかの問題を抱えています。それらをどうラクに考え、幸せを感じる時間を増やすかが問題なのだと思います。
 幸せな人は幸せなふりをしているのではなく、幸せになることを期待しているのです。彼らは自分の探しているものが完璧な人生ではなく、幸せな気持ちであることを知っています。
 私は、幸せなふりをすることで幸せを感じられるのならそれでもいい、時にはそういうことも必要ではないか、とも思います。感情が言動や表情に出るのは自然なことですが、幸せなふりが幸福感を生むこともあります。
 今夜の「知ってるつもり」(日本テレビ)で、林正之助さん言葉として「笑いは心の毒の薬になる。そのうえ副作用がない」と紹介していました。私はたまに笑うフリをします。笑うフリでも、心の薬になり、なんとなく元気になれるものです。

 何も問題のない(完璧な)人生なんてないと思います。1つでも問題があるからと「自分は不幸だ」と考えるのは自ら不幸になっているようなものです。問題はあってもおおむね幸せなのが幸せな人生なのだと思います。
 すごい幸せを感じることなんて人生の中にそんなにはないと思います。すごい幸せのみを求めていたらめったに幸せにはなれません。小さい幸せをいろいろと感じることができ、時々中くらいの幸せを感じられたら、おおむね幸せと言えます。たまーに大きな幸せがあればいいなと思えたら、それで十分ではないでしょうか。

 「おおむね幸せ」が私たちが求める現実的な幸せなのかもしれません。



7月19日(月)私の一番・二番
 私が、いちばん多く使い、いちばん役に立っている幸せになる方法は、やはり「ハオハオ」です。ハオハオが心の口グセになってからは、ちょっとくらいイヤなことがあっても軽くすませるようになったし、自分自身にもやさしくなれたと思います。最近は「好!好!」と喜べることも増えてきました。

 私は、その時々でいろんな幸せになる考え方をしますが、二番目に多く使う幸せになる方法は、

  「今は幸せ。将来はなるようになる。私には夢がある。
   多くの人を幸せにできたらいいな。すべてのことはいい経験

 最近は幸せを感じようと思った時、その最初にこう想うことが多くなりました。こう想うことで幸せな気分になれます。また、この言葉の中からその時に何が大切かに気づけることがよくあります。

 自分のお気に入りの幸せになる方法を持ち、それが習慣やクセになることが、いちばん現実的な幸せに暮らせるようになる方法ではないかと思います。



7月20日(火)幸せの基本
 私の幸せになる方法の基本は5つです。
 「今は幸せ。将来はなるようになる。・・・」というのも、5つの幸せになる方法を一連の言葉にまとめたものです。
 私は常に物事を考えるヒントとして「幸せになる方法」を使っています。

 幸せはたくさんあり、幸せになる方法もいっぱいある、と私は考えています。
 いっぱいあるから、見つけるヒントがあったほうが迷わずにすむし、幸せについて考える基本や原則があったほうがいいように思っています。

 私にとっては、「幸せになる方法」は心の支えになります。私は宗教的な信仰はもっていません。でも心の支えとなるものがあったほうが安心できるのは事実だと思います。
 かと言って、私の考えを押しつける気は毛頭もありません。私の考えの中から、それぞれの人が何かを感じてもらえたり、ヒントとしてもらえればいいと思っています。このホームページの使い方でも書いていますが、自由に自分の幸せ探しに使ってもらえればいいと思っています。少しでもお役に立てれば、幸いです。