読書日記

  幸不幸は変わる

 『老子』(小川環樹・訳注)をヒントに考える“幸せの道”。

 「幸不幸などと言うのは、常にそうではない
  (『老子』第1章「道可道、非常道」)

 「幸不幸は一時的なものであり、変わるものである」。

 すべての幸福感・不幸感は一時的なもので、そんなに長くは続きません。
 また、多くの幸せ・不幸は一時期的で永遠には続かないのです。状況の変化により、幸不幸の対象がなくなることがあります(自然解消する問題もある)。幸不幸の対象はそのままでも、その人が慣れたりして幸不幸を感じなくなることもあります。

 幸せな時には、一期一会の幸せを大切に、素直に感じられるといいでしょう。また、自分がもっている幸せを忘れずに、幸せを感じられるようになるといいでしょう。
 不幸な時には、今の自分に対処できることはし、あとは「やがて不幸でなくなる」「朝の来ない夜はない」などと考え、力を抜いてやり過ごすことができるといいでしょう。

 「“幸せ”“不幸”と名づけても、常にそうではない
  (『老子』第1章「名可名、非常名」)

 「幸不幸は人それぞれであり、人によって違う。
  また、人は変わるものであり、
  同じものでもその時によって幸不幸が変わることがある」。

 誰かが「(それは)幸せだ」と言っても、世の中の人が「幸せそうだ」と思っても、何らかの幸福度指標で「すごく幸せ」と判定されても、本人が「幸せではない」と思うのならそうだし、「不幸だ」と(ウソではなく)言うのならそうなのです。

 自分の幸せを求めて努力することで、幸せを感じられるようになることが肝心です。

 その時は「不幸だ」と思っても、人生の中では「貴重ないい経験」と思えるようになることがあります。どんな不幸も時間をかければ、不幸を幸せに変えることはできると思います。
 反対に、一時の幸せが原因やきっかけとなって不幸になってしまうこともあります。

 人間として成長することで、今までわからなかった幸せに気づけるようになったり、不幸を小さくできるようになったりすることもあります。
 自分の幸せになる能力を向上させていくことで、少しずつ幸福度を高めていけたらいいのではないでしょうか。



   

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