しあわせ日記

9月11日(火)チーズ?
 台風が通り過ぎ、夕方に町田の本屋に行き、『チーズはどこへ消えた?』(スペンサー・ジョンソン/扶桑社)を買ってきました。実は、もう読み終わりました。
 2匹のネズミと2人の小人が登場する物語がメインの本です。
 「チーズ」とは、私たちが人生に求めるもの、つまり、仕事、家庭、財産、健康、精神的な安定・・・等々の象徴。(本のカバーより)
 本の内容についてはこれ以上は書かないことにします。これから読む人のために。
 小人が壁に書いた格言の中から引用させていただき、考えるヒントにさせていただくことにします。

  「チーズを手に入れれば幸せになれる」

 「チーズ」とは、「幸せの対象」のようです。「生きる目的」と考えることもできそうです。
 チーズを求めて生活していない人が多いような気がします。
 (無意識には何かしらのチーズを求めて生きているのでしょうが、
  本気で意識してチーズを求めて生活していないという意味です)
 自分が求めるチーズがわからないという人もいると思います。

 「チーズ」は食べ物。食べなければ生きていけません。
 「チーズ」はたくさんあれば蓄えになる。蓄えがあれば安心できます。
 「チーズ」は栄養になる。心の栄養も必要だと思います。
 「チーズ」は美味しい? 好き嫌いはあると思いますが、どうせ食べるのならよく味わって食べたほうがいいのではないでしょうか。
 「チーズ」はどこにある? 「チーズ」は1つ?
 大きなチーズ/中くらいのチーズ/小さなチーズ。美味しいチーズ/好みのチーズ/自分の口には合わないチーズ。いろんなチーズがたくさんあります。
 小さなかけらなら近くにけっこうあるのではないでしょうか。
 求めて努力しないと得られないチーズもあります。

 などと、いつも書いていることの「幸せ」を「チーズ」に置き換えただけですね。
 まぁ、そういう本ではあるのですが。(つづく)



9月12日(水)しがみつく

  「自分のチーズが大事であればあるほどしがみつきたくなる」

 「しがみつく」には2つの意味があると思います。
 1つは、今持っている幸せを失うことを恐れること。持っている幸せを大切にするのはいいことです。それを守りたいと思うのは当然のことです。でも、そのためにビクビクしたり、守ることに必死になり過ぎたり、他の幸せに目がいかなくなったり、他の幸せを求めなくなってしまったりでは問題があるのではないでしょうか。今持っている幸せを大切にすることでいちばん大事なのはその幸せを味わうこと、幸せを感じることではないでしょうか。

 もう1つは、持っていた幸せを失った後にいつまでもしがみつくこと。確かに、失った時にはつらい思いをし、それを嘆き悲しむのはしかたがありません。でも、いつまでも失ったものにしがみついて生きるのは、自分のためによくないのではないでしょうか。
 失ったことを「信じられない」「どうして自分がこんな目にあわなくちゃならないんだ」などと嘆き続けるより、「こういうこともある」「私と同じような経験をしている人もいるはず」と考えたほうがいいでしょう。
 失った原因を考えて、人に怒りや恨みを抱いたり、自分を責めたりし続けてもつらい時間が続くだけです。つらくても、やるべきことはやり、まだ持っている他の幸せを大切にし、次の幸せを求めて歩き出したほうがいいのでしょう。

 当たり前のことなのかもしれませんが、実際にはできないことも多いそうです。
 1つの幸せにしがみつくことが自分を不幸にすることもある、ということでしょうか。
 チーズは他にもある、と思えること(心の余裕?)が大事なんじゃないでしょうか。



9月13日(木)不安・恐怖
 『チーズはどこへ消えた?』のキーワードは「変化」です。
 チーズはなくなってしまう(ことがある)。その変化にどう対処するか。

 状況の変化に対して自分が変化することへの不安や恐れがあります。未知への不安、今後の(悪い)成り行きへの恐れ、苦労や困難は回避したい、・・・今のままならそれなりに安心・ラク、もしかしたらチーズ(失った幸せ)が戻ってくるかもしれない・・・。

 一方、「変わらなければ破滅することになる」
 今のままではまずいことになる(餓死する)という不安や怖れもあります。
 不安があるから、それに駆り立てられて勤勉でいられるという側面もあるのではないでしょうか。誰だって本当は怠けたいのです。遊んで暮らしたいでしょう。将来の不安や心配がなければ。
 将来の不安があるから、人間らしい生活ができるのかもしれません。
 と『くよくよしない考え方』に書きました。

  「もし恐怖がなかったら何をするだろう?」

 やりたいことをするか、遊んで暮らすか、何もしないか、・・・。
 その人しだい、ということでしょうか。その責任(幸不幸という結果)は自分で経験することで取ることになるのですが。

 このままではまずい・よくない(ハオハオ)、ではどうしたい? ○○たらいいな(ホープホープ)、ではどうしたら?(ハウハウ)、というのが私がおすすめする3Hの考え方です。
 でも、このままではまずい・よくない(そう思うのはハオハオだけど、本当? 絶対? このままでもハオハオ(いいん)じゃない?)という考え方もあります。
 その時々・事々に自分で判断すればいいと思います。どっちにしても「ハオハオ」から始まるのですが。



9月14日(金)見通しと期待

   「新しい方向に進めば新しいチーズがみつかる」

 そう思えるかどうかが大きなポイントです。そう信じられればいいのでしょうが、実際問題では難しいことも多いでしょう。そう期待できればいいのではないでしょうか。
 確かに、もしかしたらチーズは見つからないかもしれない。でも、やるだけやってあとは期待したほうがいいのではないでしょうか。

 それに、小さいかけらや好みとちょっと違うチーズならけっこう見つかるはず。飢え死にすることはないだろうという見通しのほうが、失ったチーズが戻ってくるかもしれないという見通しより正しいような気がします。
 見通しの能力というのも大きいのかもしれません。正しい見通しができるのがいいのでしょうが、楽観的な見通しができるというのも一つの能力だと思います。能力は努力で育てることができるものです。意識的な楽観主義の努力も自分のためだと思うのです。

 「努力を続ければきっとできる(はず)」というのは、ちょっと楽観が入ったいい見通しだと思います。何もしないでいるよりも、そう期待しながら今できる努力をするのがいちばんではないでしょうか。

 私は「○○たらいいな。ではどうしたら?」と努力を続け、あとは「なるようになる」。それでいいと思っています。



9月15日(土)チーズが見つからなくても

  「まだ新しいチーズがみつかっていなくても
     そのチーズを楽しんでいる自分を想像すればそれが実現する」

 実現するかどうかはわからないが、夢や目標を達成して幸せになった自分をイメージできれば、(幸せを予感でき)幸せな気分になりやる気も湧いてくる。前へ進む力になる。いつも夢の実現をイメージしながら前進し続ければ、夢はきっと叶う(んじゃないかと思える)。
 反対に、うまくいかないことや困難を想像してしまうと、イヤな気もちになり愉しめない。やる気もなくなってくる。そんなことをいつまでも考えていても時間のムダで、ますます実現が遠くなる。そのうちにあきらめてしまう。自信がなくなる。・・・

 本当の夢は、それを実現した自分を想うことで充分に幸せの予感を感じられることが肝心です。それを日々感じながら夢を持って生きればいいのです。
 そして、夢を持ったら目標達成への過程を愉しむことが大事です。そのためには夢を持って幸せに暮らす能力も必要なのだと思います。

 夢を持つためには想像力が大事なのですね。もちろん、いいように考える想像力です。
 夢の実現を想うことは実現に近づくための方法で、悪いことを考えるのは実現から遠ざかる方法。余計なことを考えずに、「○○たらいいな。ではどうしたら?」と前進し続ければいいのです。
 実現するかしないかは、「時の運」とか「神のみぞ知る」とかと考えてもいいのではないでしょうか。(運は誰にでも向いてくることがある、神は努力する人を見捨てないというような意味も含めてですが)その過程を充分に愉しみ、幸せに暮らせているのなら、それでいいんじゃないでしょうか。
 だから私は、結果よりも過程を大切にしたいと思っています。



9月16日(日)まず考え方から

  「従来どおりの考え方をしていては新しいチーズはみつからない」

 「人は考えを変えると、行動が変わるのだ」とも『チーズはどこへ消えた?』の中に書いてありました。

 今のままではまずい、今の自分を変えたいと思っていても、いつもと同じことばかりしていては変わるわけがありません。何かを変えてみる、何か新しいことを始めてみることが必要なのです。
 それはわかっているがなかなか踏み切れないということが多いのではないでしょうか。それはなぜでしょうか? 変化に対する不安や恐れでしょうか、勇気が足りないのでしょうか、それともなければ本当は今のままでいたいのかもしれません。
 『くよくよしない考え方』の中に、「決断するためには」というのを書きました。新たな考え方をすることで決断しやすくなるということです。

 『楽天主義セラピー」(R・カールソン/春秋社)には「自分が感じることは自分が考えていることによる」と書いてあります。
 私は、結果(成功/大きいチーズ/幸せの対象)よりも過程(の愉しみ/小さなチーズ/幸福感)を大切にしたいと考えています。愉しむため、幸せを感じるためには幸せになる考え方を心がけることが重要です。自分がどう感じるかは自分がどう考えるかによるからです。

 自分が考えていることによって、自分の行動が変わり結果が変わります。経験することが変わり、感じられることが変わります。
 今より幸せになりたいのなら、今よりも幸せになる考え方ができるようになればいいのだと思います。このHPがそういう役に立てばいいな、と思っています。



9月17日(月)すばやく適応
 「変化は起きる」。人生の中では、悪いことは起きるもの、イヤなこともある、イヤな人もいる、大切なもの・幸せを失うこともある、不幸な出来事も何度かはある、・・・。そういうこともある(ハオハオ)ということです。
 「変化にすばやく適応せよ」。「物事を簡潔に捉え、柔軟な態度で、すばやく動くこと」「問題を複雑にしないこと」。起こってしまった変化・悪い出来事について考えても、自分の中で問題を複雑にして苦悩するだけ。起こり得ることが起こったというだけ。
 「変わろう」。「最大の障害は自分自身の中にある。自分が変わらなければ好転しない」。状況の変化に対して自分が変わればいい。

 『チーズはどこへ消えた?』の物語は、自分の問題に置き換えて考えるのに役立つことが多そうです。
・職場の環境が変わった人は、変化に適応し、新たな経験を楽しもう。
・人間関係に変化を感じた人は、人が変ったと嘆いてばかりいないで自分が変わろう
・自分の夢に挫折した人は、いつまでも落ち込んでいないで、次の目標を見つけよう。
・恋愛が破局した人は、いつまでも別れた人にこだわっていないで、新しいことを始めよう。
・持っていた幸せを失った人は、いつまでも嘆いていないで、他の幸せに目を向けよう。

 と言っても、実際に自分の身に大きな変化が降りかかった時に、すばやく適応して自分を変えることはけっこう難しそうです。
 自分を変える踏ん切りがつかなかった人は、この本を読むと背中を押してもらえるかもしれません。



9月18日(火)前進

  「チーズと一緒に前進しよう」

 夢や目標を持ったら前進することが大事なのです。前進していれば、いつかゴールにたどり着く可能性があるのです。だから、夢や目標に希望が持てるのです。
 「私には夢がある」と言う人の中には、ぜんぜん前進していない人がいます。そのままではいつか、はかない夢になってしまいます。
 ほんのちょっとの前進でもいいのです。少しずつでも日々前進していれば、それを喜べばいいのです。希望を抱いて喜びながらなら、前進を続けられるでしょう。

 前進しなければ得られない。前進していないと不安になる。

 歩きながら考えればいいと思います。
 たとえゴールにたどりつけなかったとしても、前進はムダではありません。前進はいい経験になります。歩いた分、足腰の鍛錬になり、次の(夢や目標への)道を歩く力になります。

 前進する前に、新しいチーズを思い描けなければ話になりません。
 自分の夢や目標をはっきり持つことで、それに向かって前進できるのです。
 自分の夢と一緒に生きられたほうが、やはりいいのではないでしょうか。

 「夢がない」「やりたいことがわからない」「いい出会いがない」と嘆くだけや、立ち止まったままで考えていてもなかなか見つからないと思います。もっと本気になって一生懸命にいろんな所を探し回ればいいのです。真剣に探し続ければきっと見つかると思います。
 「いいことがない」という人は、自分でいいことを計画して実践すればいいのです。

 「Hey Hey Hey 時には起こせよ Movement」
 って、浜ちゃんも歌っていましたね。



9月19日(水)変化を愉しむ

  「変化を楽しもう!」
  「冒険を十分に味わい、新しいチーズの味を楽しもう!」

 変化、冒険、チャレンジ、出会い、新たな経験、・・・。本来ならこれらのものはワクワクできたり愉しめたりするはずなのですが、不安を感じたり恐れたり違和感を感じたり疲れたりしてしまうと思ってしまうのはなぜでしょうか。
 いつのまにか、不幸を数える習慣がついてしまったのかもしれません。変化・新たな経験には、新鮮な部分と戸惑う部分のようないい所とイヤな所があります。どちらに目を向けるかによってぜんぜん違ってきます。

 誰でも、大きな変化を経験してきているはずです。
 学校では、クラス替えもあり、卒業・入学を何度かは経験したはずです。
 就職すれば、配置転換、転職などを経験した人も多いでしょう。
 そういう中で、多くの人との出会いと別れを経験したはずです。

 過去を振り返ってみると、大きな変化があっても「なんとかなる」という気がしませんか?
 これからの大きな変化も「なるようになる」のではないでしょうか。
 できれば、「変化を愉しもう」と思えたほうが良さそうです。

 『チーズはどこへ消えた?』を読んで、私は『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス)を想いだしました。単にネズミと迷路がでてくるからかもしれませんが。
 「脳外科手術は白痴の青年を天才へと変貌させたが・・・」(本の帯より)のように、主人公のチャーリーは一時的に天才になったのですが、人間関係や恋愛で悩み苦しみます。ちなみに、アルジャーノンはチャーリーといっしょに迷路ゲームなどをやったライバルであり、共に天才になった白いネズミです。

 ヘタに考えるから悩み苦しむことになってしまうんですね。(いろんなことで悩み苦しみなが生きるのが、また人間らしくていいのかもしれませんが)
 余計な(損得勘定や効率重視の計算のような)ことを考えてしまうから、物事を愉しめなくなってしまうのではないでしょうか。ただ素直にいい所を見つけて感じることが、愉しむためには大事なんじゃないでしょうか。



9月20日(木)学ぶ
 確かに、ネズミは古いチーズがなくなったら、すぐに見切りをつけて新しいチーズを探しに行くでしょう。
 それに比べて、人間は持っていた幸せを失うと、嘆き悲しんだり悩み苦しんだり途方に暮れたりしてしまいます。新しい幸せを求めてなかなか行動できないことがあります。でも、それはある程度はしかたがないことだし、決して悪いことではないと思います。

 物語の中で小人が経験から学んだことを格言として壁に書いていったように、つらい経験からも何かを学んで後に活かすことができれば、人生の中では「いい経験」ということになります。どうせつらい経験をしてしまったのなら、その中から「何かを学んでやろう」ぐらいに思えたらいいのですが。
 それに、不幸があるから幸せがよくわかるということもあります。つらい経験をした人は、幸せを大切にすることを学び、幸せに(暮らせるように)なるきっかけにできるのではないでしょうか。
 そういうことが可能なのが人間のすごいところです。そもそもネズミなどの動物には「幸せ」という自覚はないでしょう。「幸せ」という概念(と言葉)は、人間の最高の発明の1つだと私は思います。

 人には悩みがあったほうがいいんじゃないか、とも思ったりもします。
 夢や目標を持っていたり、変化を求めたり、向上心があったり、幸せを求めたりする人には、何かしら悩みはあるはずです。
 いろいろ悩んで、その中から自分の幸せになるヒントや方法を見つけられればいいのです。
 いちばんよくないのは、ただつらいことを嘆いたり、人や自分(の弱さ)や何かのせいにして幸せになる努力をしないことではないでしょうか。それでは何も学ぶことはできません。いつまでたっても同じことの繰り返しです。
 自分の(将来にもわたる)幸せのためには、不幸な出来事やつらい経験や悩みからも何かを学び、自分を育てていくことが大切だと思います。


   

本のページ

幸せ雑記

ホームページ