中道は、一般に〈一方にかたよらない穏当な行き方〉と解されていますが、仏教語としては「対立を超えた絶対の道」です。「中道」の中には〈あたる〉の意味もあります。したがって中道は、かたよらないだけでなく、真理に中ることで、仏教思想では、縁起の真理に適う道のことですから「絶対」といいます。極端にかたよったやり方には問題が多いのでしょう。
この本でいう中庸とは、一般に考えられているのとは少し違って、その場、その時に、もっとも適切妥当なことである。だから、本当の意味での中庸は、生易しいことではなく、常に中庸を得ることができるのは聖人だ、と言われる。けれども一面、中庸の庸は、普通のこと、当たり前のこと、という意味もあって、平凡な、当たり前のことの中にこそ、中庸はあると考えられているから、どんな人でも中庸を得ることができると言っていい。中道・中庸で難しいのは、平凡なもの・当たり前のことを選ぶことなのかもしれません。
次の日の日記 最新の日記 『わたしの般若心経』松原泰道 ホームページ |