読書日記

  〈比較〉は〈道具〉

 『笑訳 歎異抄 逆説の幸福術』(おかのきんや)より、
 〈比較を使いこなすと、幸福になります〉。〈比較〉は今の自分をしあわせにするための〈アイテム〉です、〈道具〉です。
 もし、〈比較〉することにより不幸になるのなら、その〈比較〉はしなければいいのです。もし、〈比較〉することにより、幸福になるのなら、その〈比較〉をどんどんすればいいのです。その場その場で、〈比較〉を使いこなせばいいのです。
 〈比較〉という考え方はいろんな使い方ができます。
 たとえば、人(のある部分)と自分を比較する。世界中にはいろんな人がたくさんいるのです。自分のまわりにもいろんな人がいるはずです。そして、一人の人にはいろんなところがあるのです。また、その時々でいろんな人との出会いがあります。
 他にも、過去の自分と現在の自分を比較する、理想の自分と今の自分を比較する、・・・。

 人と自分を比較するのは不幸の元です。
 人の恵まれているところを自分と比べたり、自分の恵まれていないところを人と比べたりすれば、イヤな(不幸な)気もちにならざるをえません。
 また、上には上がいます。自分よりも(ある部分で)上の人はたくさんいるのです。そういう人と出会うたびに、自分と比較していたらキリがありません。

 しあわせになれる比較もあります。
 たとえば、「自分を育てよう」と一年間ちゃんと努力すれば、「一年前に比べたら、少しはしあわせに暮らせるようになれた」と、きっと思えるはずです。
 また、過去の不幸だった自分と比べて「あの頃に比べたら、今はずっとしあわせ」と思えるようになれるでしょう。
 大きい不幸な経験をした人は、つらいとき、苦しいときに、「あの時に比べたら、まだマシ」「あの時なんとかなったのだから、今度も大丈夫」と考えれば、ずっとラクになれるのではないでしょうか(不幸でないしあわせというのもある)。

 〈比較〉は〈道具〉と考え、自分のしあわせに役立つ使い方ができるといいのでしょう。
 包丁という道具が、美味しい料理を作って人をしあわせにするために役立つが、人を不幸をすることにも使えるのと同様でしょう。
 「ハオハオ」も、しあわせになるために役立つ〈道具〉です。

ハオハオは、シンプルだから 好好

 自分がしあわせになるために役立つ〈道具〉を見つけて、その使い方が上達するにつれて、少しずつしあわせに暮らせるようになっていけたらいいのではないでしょうか。



   

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