しあわせ日記
7月10日(月) 不幸の壁・幸せの壁
『バカの壁』(養老孟司)より、
あるていど歳をとれば、人にはわからないことがあると思うのは、当然のことです。しかし若いうちは可能性がありますから、自分にはわからないかどうか、それがわからない。だからいろいろ悩むわけです。
そのときに「バカの壁」はだれにでもあるのだということを思い出してもらえば、ひょっとすると気が楽になって、逆にわかるようになるかもしれません。
そのわかり方は、世間の人が正解というのと、違うわかり方かもしれないけれど、もともと問題にはさまざまな解答があり得るのです。
「わからないことがある」「どうにもならないことがある」・・・。
だから(これ以上)「悩んでもしかたがない」と思えることが増えれば、それだけ悩む時間は減るでしょう。
すべての問題は「答えが得られないと気がすまない」「解決しないと耐えられない」のように(無意識にでも)思い込んでいると、苦悩から解放されることはないのではないでしょうか。
「(このままでも)しかたがない」「まぁいいか」などと考えられると、気もちがラクになるでしょう。
また、「わからないことがあっていい」「このままでもいい」「なるようになる」などというのも、ラクに生きるための一つの答えと考えられるのではないでしょうか。
完璧を目指すのはいいことです。
でもそれが強すぎると、完璧でなければ不満やイライラや落ち込みなど、不幸な気もちになってしまいます。
完璧主義は不幸の元です。“不幸の壁”と言ってもいいのかもしれません。
他にも“不幸の壁”はいろいろあると思います。
たとえば、「○○がないと幸せになれない」「××だから(○○がないから)不幸だ」「この悩み(問題)があるから、幸せに暮らすことなんてできない」など、一つのこと(幸せ/不幸)にとらわれてしまう。
たとえば、「ひとつの失敗で、もう人生は終わり」「ひとつの悪い所があるから、この人は悪人」「いくつかの欠点があるから、自分はダメだ」「ひとつのやりたいことができないから、やりたいことが何もできない」「ひとつの愛を失ったから、もう生きていけない」などの「一事が万事」のような考え方。
たとえば、「どうせうまくいくわけがない」「自分にはできない」「夢なんて叶わない」のような悲観的な考え方。
たとえば、「夢も希望もない」「人生は無意味だ」「自分には価値がない」のような安易な決めつけ。
反対に、私が“幸せの壁”ではないかと思うのは、次のようなものです。
「幸せはたくさんある」「夢をもって生きられること自体が幸せなこと」
「人を幸せにすることが自分の幸せ」「すべてのことはいい経験」
「自分を育てていけば、少しずつ幸せに(暮らせるように)なっていける」
このように(心から)思えるようになれれば、格段に幸せになれると思います。
もう一つには、今現在の自分の心を大切にできるようになることでしょうか。
幸せを感じられるのは今だけですから。
正しさ、効率、結果、将来、人の気もちなどを大切に考えるのもいいことです。でもそれらを重視しすぎて、今の自分の心を軽視していては幸せに過ごすことはできません。
「正しさよりも自分の気もちが大切」「将来よりも今が大切」「人の目・思惑よりも自分の心が大切」などと考え、今を大切にするように心がけることができたら、と思います。
いちばん大きな“幸せの壁”は、幸せになろうと具体的に努力するか/しないか、かもしれません。
「幸せになれない」という人は、自分の心の中に“(不幸/幸せの)壁”があるのかもしれない、と考えてみれば、何かわかることもあるでしょう。
そのわかり方は、世間の人がいう正解とは違うわかり方かもしれません。
そういう際に、このHPが少しでもお役に立てれば、幸いです。