しあわせ日記
7月3日(日)苦しみ 〜ヒルティの『幸福論』
『幸福論』(ヒルティ/岩波文庫)より
苦しみは人間を強くするか、それともうち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる。
苦しみに出会ったら、まず感謝するがよい。それから、その苦しみが何のために役立つかをたずね給え。あなたがそれをただ避けようとせず、その苦しみの意味を理解しようと真剣に願うならば、やがて必ずそれを発見するだろう。
苦しいこと・不幸なことは、誰にでも起こります。
そういう時に、あきらめたり、逃げたり、ふてくされたり、キレたり、爆発したり、倒れたまま起き上がろうとしなかったり、・・・自分で不幸をさらに大きくしてしまう人がいます。
一方、その経験を自分の力に変えられる人もいます。
不幸な時ほど、その人の真価が発揮されるのかもしれません。
『幸福は身体にとってはためになる。
だが、精神の力を発達させるのは悲しみだ』 プルースト
『人生は学校である。
そこでは幸福より不幸の方が良い教師である』 フリーチェ
一時的に不幸になってしまうのはしかたがないでしょう。
でも、いつまでも落ち込んでいるのは自分のためによくないでしょう。
苦しみや不幸に「感謝する」ことは難しいと思います。
まずは、「現実を受け入れ」、少しでも心を落ちつけることだと思います。
苦しみや不幸が役に立つことがあります。
「不幸中の幸いを探す」ことで、自分の幸せに気づけることがあります。
「不幸な気もちをバネに」、頑張れることもあります。
不幸な時を何か「いい(ことを始める)きっかけ」にできることがあります。
どんな不幸も時間をかければ、「いい経験」にできるでしょう。
私は「すべてのことはいい経験」とよく考えます。
そう考えられると、その物事に対する心の姿勢が変わり、感じ方も変わってきます。苦しみも小さくなり、幸せ向きな考え方がしやすくなります。
一時の不幸を、大きい不幸にしてしまうか、自分の力に変えるかでは、大きな違いではないでしょうか。
「不幸を幸せに変える」ことを心がけられるようになれたら、と思います。