しあわせ日記

1月20日(金) 明るい人・暗い人

 PHP2月号の「今を生きる――わたしの見方・考え方」は、
 乙武洋匡さん(スポーツライター)。
 僕は家に帰るとほとんど喋らないし、頭に浮かぶのはマイナスのことばかり。「こうなったらどうしよう。そうならないために、どうしたらいいんだろう」と、つい考えてしまう。それを聞いている妻は「何でそんなことばかり考えてるの。何とかなるわよ」と呆れ顔で言う。
 妻は徹底的に根明な発想をする。ところがこの根明な妻は、僕とは逆に非社交的な人間です。
 つまり、僕は社交的な根暗人間。妻は非社交的な根明人間ということになるのです。

 いろんな人がいる、
 人の心は(見かけでは)わからない、ということでしょうか。

 私も元来、心配性です。
 先のことをあれこれ悲観的に考えるクセがある、ということです。
 でも今は、自分の不安な気もちに気づき、「なるようになる」とすぐに考えられるようになれました。
 心の中に、悲観的な自分と楽観的な自分がいるという感じでしょうか。
 悲観的な考えは無意識に出ますが、楽観的な考えは意図的です。
 両者が闘えば、勝つのは意図的楽観主義のほうです。

 僕は思います。無理をしてまで明るく、前向きになる必要があるのかなあと。人にはそれぞれの性格があるし、居心地のいい場所もみんな違うもの。

 「暗い自分」をまずは自分自身を認めてあげ、受け入れてあげないと何も始まりません。そうでなければ他人に認めてもらうことだって難しいでしょう。
 「明るくなりたい」という目標をもって努力するのはいいことだと思います。
 でも、無理をしてまで明るく振舞うのはどうでしょうか。
 明るく振舞うことが、自分の心の幸せにつながるか、不幸につながるかによって判断できればいいのでしょう。

 また、「べつに明るくなくてもいい」「暗い自分がいてもいい」と考えてもいいと思います。
 少なくとも、まずは“暗い自分”を受け入れることが大事なのだと思います。
 その上で、明るくできるように努力するのなら「今はそのままでいい。努力すれば少しずつ明るく振舞えるようになれる」と考えるか、「ここはそのままでいい」と他のことを大切すればいいのではないでしょうか。

 いずれにしても、現在の“暗い自分”の存在を「そのままでもいい」と思えるようになれたら、と思います。
 現在の自分を受け入れた上で、そこから続く将来の“なりたい自分”を目指していけばいいのでしょう。

 人に認めてもらいたかったら、まず自分が自分を認めること。
 人に好かれたかったら、まず自分が自分を好きになること。
 自分ができないことを人に求めるのには無理があるでしょう。
 「まず自分から」始めてみてはいかがでしょうか。



   

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