読書日記

  幸福は勝手なもの

 『新・幸福論』(五木寛之)より、
 人間の幸福というのは勝手なものです。
 いろんなことを考えつめていくと、幸せ感など消えてしまいそうになる。

 おいしいものを食べる、それはまちがいなく日常の幸福な瞬間です。
 食べる、ということの幸せは、食材の命にまで考えをおよぼさないことで成りたちます。
 人間の幸福のために犠牲になっているものもあるということでしょう。
 「食べる」ことは幸福の一つです。でもそれは、他の動物や植物の命を奪うことでもあります。
 そのことを考えたら、せっかくの料理も味わえなくなり、幸福とも思えなくなってしまうでしょう。
 ただし、食べている最中にそんなことを考える人はほとんどいません。それでいいのです。
 もしふと、そのようなことが頭に浮かんだら、「感謝して味わって食べることが今できる一番の供養」と考えてもいいのではないかと思います。

 同じように自分の幸福が他者の不幸に関わっていることがいろいろあります。
 たとえば、成功する人がいれば、その裏に失敗する人、落ちこぼれる人、挫折する人などがいるはずです。勝つ人がいれば、負ける人がいます。一人の人を選べは、他に選ばれない人がいるのです。
 自分が幸福を得た時に、その裏にいるであろう不幸になった人のことは考えないのが当たり前です。それでいいのです。

 今幸福な人がいれば、不幸な人もいます。自分が幸福の時に、世の中にいる不幸な人のことは考えなくていいのです(自分がそういう不幸な人のために具体的に何かをしようとするのなら、話は別ですが)。
 「みんなが幸福になる」ことは理想ですが、「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治)のような不可能なことを望むのは不幸の元です。

 五木さんは、この本の中に「人が幸福であるためには、目をつぶらなくてはならない部分があるのです」とも書いています。
 つい幸福の裏側に目を向けて、不幸になる考え方をしてしまった時には、それに早めに気づいて、「(これは不幸になる考え方だ。)こんなことを考えるのはやめよう。(今を大切にしよう)」などと考えて、ストップできるようになるといいでしょう。



   

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