あるとき、私を訪ねた紳士らしい男が得意になって申しました。悩み(の元・原因・問題)があるから、人はよく考えて、自分(の言動や心や人生や環境など)を改善していくことができるのでしょう。
「松原さん、私は三十年来、座禅をしたので煩悩が、すっかりなくなりました」と胸を張っています。
しかし私は、彼に弔いのあいさつをしました。
「それは、まことにご愁傷なことです」
彼は、もちろん怒って、理由をいえと、私にせまります。私は、やむなく、
「煩悩あってこそ、さとりがあるのです。煩悩は、さとりの資本です。あなたは、その資本をなくしたといわれる。お気の毒です。また、人間は生きている限り煩悩はなくなりません。それがなくなるときは、人間が死んだときです。だから、お悔やみを申しあげたのです」
![]() 『般若心経入門』松原泰道 ![]() ![]() ![]() |