タモリの新哲学大王!

  97/_4/16 テーマは「人生」   97/_7/_2 テーマは「嫉妬」
  97/_4/23 テーマは「恋愛」   97/_7/_9 テーマは「美食」
  97/_4/30 テーマは「お金」   97/_7/16 テーマは「大人」
  97/_5/_7 テーマは「幸せ」   97/_7/23 テーマは「ラーメン」
  97/_5/14 テーマは「仕事」   97/_7/30 テーマは「羞恥心」
  97/_5/21 テーマは「結婚」   97/_8/_6 テーマは「女子高生」
  97/_5/28 テーマは「親友」   97/_8/13 テーマは「贅沢」
  97/_6/_4 テーマは「父親」   97/_8/20 テーマは「プライド」
  97/_6/11 テーマは「才能」   97/_8/27 テーマは「カラオケ」
  97/_6/18 テーマは「青春」   97/_9/_3 テーマは「お笑い」
  97/_6/25 テーマは「老い」   97/_9/10 テーマは「死」

幸せのホームページ

































                          [→目次]

タモリの新哲学大王! 第12回「嫉妬」

                  97/7/2・フジテレビ

嫉妬とは、むだ毛みたいなものである」 篠原涼子
   イライラして、大嫌い。この世からなくなってほしい。
   うまくコントロールしないと、みにくくなっちゃう。

嫉妬とは、密やかな値踏みである」 南美希子
   負けたと感じる時に嫉妬する。

嫉妬とは、食欲のようなものである」 羽賀研二

嫉妬とは、突然にわきあがる直感的な妄想である」 吉行和子
   人のことはどうでもいい。だから嫉妬しない。(タテマエ)
   ドラマチック。実体がない。わからない。

嫉妬とは、エゴである」 美輪明宏
   自分本位から生じる。
   恋は嫉妬する。愛は嫉妬しない、相手の幸せを考え、許せる。

嫉妬とは、密を求める悪意である」 神田うの
   人の不幸は密の味。
   アウト・オブ・眼中だから嫉妬したことない。よく嫉妬される。

嫉妬とは、燃える炎があげるススのようなものである」 武田鉄矢
   芸能界で嫉妬深くない人で成功した人はいない。

嫉妬とは、馬の鼻先にぶらさげられたニンジンである」 栗本慎一郎
   自分を燃えあがらせる嫉妬(1%しかない)は貴重。

嫉妬とは、マッチ棒とマッチ箱の擦る部分の関係である」 家田荘子
   嫉妬したほうが負け、嫉妬させたほうが勝ち。

嫉妬とは、潜在的な欲望のバロメーターである」 東ちづる
   嫉妬はその場でコントロールできない。後で気づく。

嫉妬とは、人間の心の成長剤である」 佐藤直子
   欲望のウラ返し。自分をのばすほうに使いたい。

嫉妬とは、人生でこの役柄を人にとられたくない
                 という思いである
」 森毅
   嫉妬しない。やりたいという思いが少ない、タンパクだから。


嫉妬とは、カタカタと音をたて始めた沸騰寸前のやかんである
                           うつみ宮土理

嫉妬とは、活力である」 神田正輝

嫉妬とは、ミックスジュースの中のニンジンである」 斎藤慶子
   きらいだけど、必要なもの。

嫉妬とは、ヘソクリである」 原千晶

嫉妬とは、マニアコレクターのようなのである」 松岡昌宏

嫉妬とは、憧れである」 山田五郎


 嫉妬は、自分のほしいもの、大事なものを知るチャンス。
 嫉妬心は、ライバル心や向上心に転化できるといい。

 ラッセルの「幸福論」には、「ねたみ」について書いてあった。

 私は、嫉妬で自分をコントロールできないような自分にはなりたくない、と思っています。




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タモリの新哲学大王! 第13回「美食」

                  97/7/9・フジテレビ

美食とは、ほどほどの愛情である」 榊原郁恵
   楽しむことが大事。

美食とは、粋(すい)である」 山城新伍
   美食にチャレンジしない人は、センスがない人。
   そこそこの値段でうまい店を探すのが食通。

美食とは、食いたい時に食いたいものを食べることである」 大仁田厚

美食とは、ステージ衣装のようなものである」 森久美子
   華やかなもの。

美食とは、思い出の中にしかない味である」 武田鉄矢
   子どもの頃に盗んで食べたトマトの味。
   遠足の時に食べたソーセージとバナナの味。

美食とは、感動を与える一品である」 井上旭(仏料理シェフ)
   特別な日に記念に成るようなおいしいものを食べる。
   自分の仕事を磨いた人は、いい物を見る目をもっている。

美食とは、見えない糸である
                カルミネ・コッツォリーノ(伊料理シェフ)
   透明な細い(愛情の)糸。
   イタリアでは必ず仲間と楽しい話をしながら食べる。

美食とは、身も心もパワーアップする超エネルギー源である」 バーバラ寺岡

美食とは、栄養と一緒に料理人の教養もいただくことである」 山本益博
   人間の手と考えが加わったもの。

美食とは、人間は罪深い存在であるということを含えて、
     おいしくつくろう、おいしくつくらせよう、
     おいしく食べようという心意気である
」 大宅映子

美食とは、不幸の始まりである」 村田吉弘(和食店主人)
   美食を重ねると、死ぬ間際には食べるものがなくなる。
   美食をすることと、おいしいものを食べることは違う。
   おいしく食べるのなら腹をへらせばいい。

美食とは、味の違いがわかっていることへの喜びである」 森毅
   デリケートな違いがわかることが喜び。
   おいしいものを食べたいと、食欲は別のもの。


美食とは、お出掛けである」 うつみ宮土理
   特別な日にすること。

美食とは、愛情風景を楽しむことである」 神田正輝

美食とは、いちばん気持ちいい事である」 山瀬まみ

(パス) 岸本加代子

美食とは、はだかである」 松岡昌宏

美食とは、美食の夜のおたのしみである」 糸井重里
   究極は快楽である。重ねるとヘンタイになっていく。


 「美食家」という言葉で使われる美食と、美味(おい)しく食べる美食の2つの考えがあるようです。私は前者にはほとんど興味がありません。後者はそれなりに少しは工夫をしています。
 1番はお腹をすかして食べること。それから自分の好物をよく食べること。その時に食べたいものを食べること。・・・何か平凡だね。
 でも、味わって食べることを心がけているので、おいしいと感じて食べることが多くなってきています。

 手間・ヒマ・金・頭を使うことは、何事を楽しむためにも役に立ちます。どのくらい何をかけるかは、その人の価値観によります。
 その前に、楽しもう、味わおう、幸せを感じようという意識が大きいような気がします。いつでも幸せを感じることが無意識にできるようになるのが理想ですが・・・




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タモリの新哲学大王! 第14回「大人」

                  97/7/16・フジテレビ

大人とは、心の大きい厳しい人である」 安達祐実
   精神的に大きい人。 大人っぽいと大人は違う。

大人とは、毛の生えた子どもである」 翔
   (辞書をひいたら)「分別のある一人前の人」 一握りしかしない。

大人とは、夢から覚めた時である」 ルー大柴
   夢を捨てるのではなく、現実を見られるようになる。

大人とは、本能をコントロールできる知性を持って
        物事を判断している人である
」 石井苗子

大人とは、叱られなくなった時になれるものである」 山咲千里
   誰も叱ってくれなくなって淋しくなった。
   日本男性が立派な大人になってほしいと願っている。

大人とは、夏休み(退屈)をなくした子どものなれの果てである
                             武田鉄矢

大人とは、もう少しで破れそうなパンティストッキングマスクである
                             栗本慎一郎
   社会的常識・知識を持っていること。

大人とは、子供がいる人である」 河相我聞
   自分中心から子供中心へ、他人を守るようになったら。
   自分が出会ってきた大人げない大人は嫌いだった。

大人とは、何でも飲み込んで消化できる人である」 阿藤海

大人とは、共通の価値観を守っている人である」 立川談志
   大人しいのが大人。常識を守るのが大人。
   私は子ども。

大人とは、究極の子どもに戻るための準備段階」 真田広之
   大人になるといろいろなものを持ち、身につけていく。それから、
   身につけてきたものの中から、不必要なものをそぎ落していく。

大人とは、ならないと困るけど、なりきってしまえば
     『それまでよ』っというものである
」 森毅
   世間的に認められ、安定した存在。
   子どもっぽさを残しているほうがカワイイ。
   大人と子どもの両方をブレンドして、その時々に使えるのがいい。


大人とは、いけないことをひとりでできる人である」 加藤登紀子

大人とは、ひとりで時間をつぶせない人である」 神田正輝
   ひとつのことだけをやっていい、というわけにはいかなくなる。

大人とは、自分で好きなところへ行ける人である」 原千晶

大人とは、ラクをしている人、
      また、その方法を身につけた人である
」 佐藤藍子

大人とは、こわいものができた時である」 松岡昌宏
   「こわいものができるまでは、つっぱりなさい」と矢沢永吉が言った。

大人とは、背中のある人である」 糸井重里


 大人のいいところとよくないところがある。
 子どものいいところとよくないところもある。

 大人っぽい子ども、子どもっぽい大人、子どもの心を失っていない大人がいる。

 私は誰の心の中にも子どもの部分があると思っている。インナーチャイルドと呼ばれるものだ。私はインナーチャイルドのいいところを活かして生きたい。

 ふつうの大人の先がありそうだ。本当の大人、大人の大人、超大人。
 大人のいいところと、子どものいいところを、うまく使いわけて、幸せに暮らせる人。
 そんな人になりたい。




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タモリの新哲学大王! 第15回「ラーメン」

                  97/7/23・フジテレビ

ラーメンとは、親しさの親密度をはかるバロメーターである
                             上原さくら
   気を許した人としかいっしょに食べたくない。

ラーメンとは、好みの男のタイプである」 三井ゆり
   一生変わらない好みがある。

ラーメンとは、自由自在である」 山本益博

ラーメンとは、日本に住む華僑3世である」 ジュディ・オング
   中国で生まれ、日本で育った。
   日本人は、外から入ってきたものをうまく受け入れ、
        日本的にうまくアレンジする。

ラーメンとは、最初に海に潜ったペンギン(の祖先の鳥)である
                             栗本慎一郎

ラーメンとは、青年期に大人になるための母乳である」 武田鉄矢
   青年時代、行きつけのラーメン屋(夢や将来を語り合える場)があると大きい。

ラーメンとは、魔物である」 ヨシムラミノル(ラーメン店主人)
   自分にとっては不思議なものだった。過去から未来へいくパスポート。

ラーメンとは、日本的エセ民主主義の象徴である」」 辰巳琢郎
   突出したものはダメ。どこかに安心感がある。

ラーメンとは、パンティのようなものである」 山本晋也

ラーメンとは、昭和30年代の家庭の暖かさの象徴
                  岩岡洋志(ラーメン博物館・館長)

ラーメンとは、日本人のDNAが持っているルーツへの郷愁である
                  村田吉弘(和食店・店主)

ラーメンとは、日本人の食生活の画一化思考に
             対抗する最後の砦である
」 森毅


ラーメンとは、主婦にとってのワイドショーみたいなものである
                            庄野真代

ラーメンとは、近代日本の文化である」 神田正輝

ラーメンとは、安心感である」 原千晶

ラーメンとは、フルコースディナーである」 飯島愛

ラーメンとは、山口達也の敵(太る素)である」 松岡昌宏

ラーメンとは、戦後民主主義である」 山田五郎


 今回は、ホームページに取り挙げるか少し考えました。
   「ラーメン」は「幸せ」とはあまり関係ない、
   「ラーメン」は哲学する(深く考える)ものではない、など
 でも、そんなふうに考えるのも面倒だし、このページを読んで何を感じるかは、読む人に任せることにしました。

 私はラーメンは好きです。しょうゆも、ミソも、トンコツも。夏は冷し中華。
 特に何も考えず、ウンチクもたれずに、黙って食べたい。

(以下は、7月23日の日記に書いたこと)
 日本人はラーメンが好きなようだ。でもラーメンと言ってもいろいろある。人の好みも様々だろう。
 「ラーメン」を「幸せ」に置き替えても同じようなことが言える。人は幸せになりたい。でも幸せと言ってもいろいろある。人の幸せは様々。
 ここで、「ラーメン」と「幸せ」は、最大公約数的なところがある。好きということでは、多くの人に共通する。でも、好みは人それぞれ。「いっしょ。でも私は」みたいな仲間意識と自分らしさを両方とも発揮できる。
 ところで、「幸せの最大公約数」ってなんだろう。




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タモリの新哲学大王! 第16回「羞恥心」

                  97/7/30・フジテレビ

羞恥心とは、自分自身が認めたくない自分が思いがけず
   人前で披露してしまった時にわいてくる感情である
」 南野陽子

羞恥心とは、自分の環境を左右する杭である」 水野真紀
   恥ずかしいと感じるそれぞれの杭がある。

羞恥心とは、男女を包むほのかな影である」 武田鉄矢
   隠しておきたい部分(影)がある。

羞恥心とは、注射である」 峰竜太
   一度大きな恥をかくと、同じことはもうしたくないと思う。

羞恥心とは、炭酸飲料水の中にある炭酸である」 家田荘子
   人に絶対に必要なもの。
   羞恥心のない女を男は抱きたくない。羞恥心のない男は魅力がない。

羞恥心とは、お寿司でいうガリみたいなものである」 神田うの
   羞恥心がないと常識がないと思われる。

羞恥心とは、永遠の少女でいさせてくれる気持ちである」 桜木ルイ
   人に見られて自分が磨かれる。羞恥心があるから若くいられる。

羞恥心とは、芸術を生み出す神様である」 蛭子能収
   相手がどう思っているかという想像力が引き起こす。

羞恥心とは、人生を豊かにする感覚である」 志茂田景樹
   1日は1・2回は恥ずかしいことをしたいと思っている。

羞恥心とは、日常から非日常へ越えていく精神的処女膜である」 加納典明

羞恥心とは、自分の身を他人の攻撃から守るための
              人間の活動制度である
」 栗本慎一郎

羞恥心とは、悪ノリしないための重しである」 森毅
   羞恥心を理由に何かをするのを避けるのはイヤ。
   でも、やりながら恥らいは残したい。


羞恥心とは、コントロールできないものであってほしい」 吉行和子

羞恥心とは、『バレないかな?』である」 神田正輝

羞恥心とは、1足の靴下である」 山瀬まみ

羞恥心とは、自己の演出である」 原千晶

羞恥心とは、ボディーブローである」 松岡昌宏
   後からきいてくる。

羞恥心とは、自意識の影である」 山田五郎


 私はシャイだ。
 私は恥ずかしがりの人は好きだ。

 「恥ずかしがらずにやったほうがいい」とわかっていても、恥ずかしくてできない。それは損かもしれないが、それはそれでいいとも思うことがよくある。

 羞恥心は、決して不幸な感情ではない。あってもいい。
 羞恥心がない人のほうが問題ありそうだ。

 恥ずかしいのは、人に対して? それとも自分に対して? 神や仏に対して?

 私は自分に対して恥ずかしくないように生きたいと思う。




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タモリの新哲学大王! 第17回「女子高生」

                  97/8/6・フジテレビ

女子高生とは、実家の弁当屋である」 原田泰造
   移り気が激しい、節操がない、気が多い、身勝手。

女子高生とは、動物園のサルである」 榎本加奈子
   ヒマ。

女子高生とは、現代の社会を映し出すリトマス試験紙」 谷村新司
   ファッション・リーダー。流行に敏感。
   人と違いたい気持ちと、人と違いたくない気持ち。

女子高生とは、日本が世界に誇れる
         どこに出しても恥ずかしい文化遺産である
」 武田鉄矢

女子高生とは、小さな夢をどん欲に追い求める女の子たちである
                      佐々木美穂(プリクラ開発者)

女子高生とは、日本全体の今のお祭りである」 荻野善之
   作られた特権階級、実力のないエリート集団。

女子高生とは、みそ汁の中のアサリである」 山本晋也
   欲望が制服を着ている。

女子高生とは、オバタリアンの原種である」 大宅映子
   傍若無人、自由のはき違え、つるむ、誰かのせいにする、何かしてくれないと言う。
   「人に迷惑かけてない、相手も喜んだ、私も喜んだ、何が悪いんだ」

女子高生とは、大人のオモチャである」 山田まりや

女子高生とは、『ロストワールト』に出てくる恐竜たちである
                        デーブ・スペクター
   人間が入りこむべきではない世界に入りこんでいる。
   高校生活はおもいっきり楽しむ最後のチャンス。
   自由奔放なたのしい生き方。(オトナがうらやましがる)

女子高生とは、炭鉱のカナリヤである」 泉麻人
   ナイーブな敏感な世代。

女子高生とは、今の学校社会の抑圧をすり抜けている存在である
                               森毅
   男の子は、学歴・大会社志向に抑圧されている。
   女の子は、軽くいなしている。


女子高生とは、セミである」 山瀬まみ

女子高生とは、やじろべいである」 神田正輝

女子高生とは、もう1度最後に(?)輝きたいものである」 原千晶

女子高生とは、ショートケーキである」 奥山佳恵

女子高生とは、義務教育の打ち上げである」 松岡昌宏

女子高生とは、段階世代の強迫観念である」 山田五郎


 この番組の今回の「女子高生」は、「茶髪、黒い、ルーズソックス」に代表されるような人たちのことだそうです。

 女子高生本人たちへのインタビュー。「女子高生とは?」
「世界最高のブランド」「金食い虫」「世紀末の妖精」「黒い」「人生の中で一番輝いている3年間」「自由である」「うるさい・明るい・元気」「遊びたいし、将来のことも考えなくてはならない、難しい時」「恥を捨てている女の子」「無敵」「青春の1ページ」「目立ちたがり屋」「何も恐いもののない生き物」「やめたくないもの」「バカやって遊べる時期」「人生の宝物」

 自由奔放な楽しい生き方だったら良さそうだが、なぜ普通の人はできないのだろうか?
・ お金・時間がないから?
・ 人に何を言われるかわからないから?
・ ずっと続けることはできないから?
・ (ただ楽しいだけでは)価値を感じないから?
 自分にできる範囲で、一時的に楽しむのはいいこと。その範囲が人それぞれなのだろう。生活を楽しむことは大事なこと。

 「進んでいる階段に未来がない」「何の希望もない」って人が本当に多いのだろうか?だから今だけを楽しもうとするのか?
 「夢も希望もない」というのは想像力が足りないのではないかと思う。その前にあきらめが早いのかもしれない。一生懸命時間をかけて、探し・考えれば、自分の夢や希望はきっと見つけることができる。




                          [→目次]

タモリの新哲学大王! 第18回「贅沢」

                  97/8/13・フジテレビ

贅沢とは、今私がいるこことは違う世界を
         感じることができることである
」 麻木久仁子
   本屋さんに行って買いたいと思った本をすべて買える。
     本は違う世界の小さな窓。

贅沢とは、デザートである」 山本益博
   なくてはならないものではない。ゆとりから生まれたもの。

贅沢とは、ギャンブルである」 見栄晴

贅沢とは、自分の趣味嗜好欲望を充実するために、
          自分の都合で選択できること
」 東ちづる

贅沢とは、ものまねをしている最中の人である」 家田荘子

贅沢とは、幸せの子分である」 武田鉄矢
   幸せには勝てない。

贅沢とは、発散であり、潤いである」 美川憲一
   贅沢をするために仕事を一生懸命にしてきた。
   贅沢がしみつくと、落せない。

贅沢とは、自分に似合うゆとりである」 藤村俊二

贅沢とは、とまどいながら味わうドキドキ感である」 堺正章
   (歳をとってからできた)子供を抱きしめた時に贅沢だなぁ、と思う。

贅沢とは、他人から見れば限りなくもったいない話である」 堀紘一
   日常性からはなれること。金・物・時間を浪費する。

贅沢とは、自由である」 大橋巨泉
   やりたい時にやりたいことをやる。

贅沢とは、自分のやっている事の意味だとか結果を
      一切考えずにそのことをすることである
」 森毅


贅沢とは、ビールの泡のようなものである」 南美希子

贅沢とは、ケチほど楽しめるものである」 神田正輝

贅沢とは、ひまな時間が作れることである」 渡辺満里奈
   ひまな時間を楽しめる余裕があること。

贅沢とは、パンがないならケーキを食べる」 飯島愛
   マリー・アントワネットの言葉。

贅沢とは、歯医者の麻酔である」 松岡昌宏

贅沢とは、我慢しないでいい状態である」 山田五郎


 幸せの一種。いろいろな贅沢があり、人それぞれ。
 どこかにやましい気持ちがある人が多いようだ。
 金・物・人・時間・自分の心をいつも(または人)より余分に使ってすること。

 私は贅沢を意識したことはない。
 私は今、自由だ。結果を気にせずにこのホームページをやっている。贅沢かどうかはわからないが、幸せなことは間違いない。




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タモリの新哲学大王! 第19回「プライド」

                  97/8/20・フジテレビ

プライドとは、自分を守るバリヤーである」 神田うの
   自分を大切にしようと思えば絶対必要。

プライドとは、何事にも曲げることのできない
        自分の信念をもった生き方である
」 池端慎之介
   自分を信じてあげること。
   「プライド、プライド」と言っていると疲れちゃう。

プライドとは、自分にとってはバネになる美学であるが、
        女房にとっては身勝手である
」 梨元勝

プライドとは、意地・自分との闘いである」 小川直也

プライドとは、自分でつくっていくもの、築きあげるものである
                          サンドラ・ブロック

プライドとは、『私』と名乗ることである」 武田鉄矢

プライドとは、タイガースである」 松村邦洋

プライドとは、自分で自分につけたランクである」 田中律子

プライドとは、言わぬが花である」 山咲千里
   自分のプライド(理想)をひけらかすと、自慢話になってしまう。

プライドとは、どんな時でも自分をタフにしてくれるものである
                         ジョン・ボン・ジョビ

プライドとは、マリーアントワネットのケーキである」 栗本慎一郎
   自分を信じる気持ち、自分を愛する気持ち。

プライドとは、自分が変身するのを恐がった時、
        それを避けるための口実である
」 森毅
   ひとつのスタイルにこだわる。
   プライドがあるからそんなことはできない、プライドが許さない。


プライドとは、孤独の友だちである」 南美希子
   自分が一番。

プライドとは、十得ナイフである」 神田正輝
   役に立つものも、役に立たないものもある。

プライドとは、こだまである」 原千晶
   自分が目標のためにやったことに対する自分の中の評価。

プライドとは、避妊である」 飯島愛
   ここだけは自分を守る。

プライドとは、毛である」 松岡昌宏
   一番大事なものをカバーするもの。

プライドとは、劣等感の裏返しである」 山田五郎


街のおことば(街頭インタビュー「プライドとは?」)

親から一銭ももらわないで大学に通って生活している事/バーゲンで服を買わない事/飲みに行った時は必ず後輩におごる/子供が2人東大に入った事/自分の食いぶちは自分で稼ぐ事/ブサイクな男の人に「ブス」と言われるとプライドが傷つく/一流企業に入った事/カッコいい男としかつきあわない事/都内にマイホームを手に入れた事/男の前では泣かない事/客に媚びない事/全ての女性に夢を与えられる事


 「pride」には、自尊心、自慢、虚栄という意味がある(英和事典)。
 この3つの日本語は、ニュアンスが違う。確かに「街のおことば」の中には、この3種があるように感じた。
 プライドは自分にとって、良くも悪くも働くようだ。良く働かせるためには、自尊心と思えるような対象にプライドを持ったほうがいいようだ。

 私は、どちらかと言うとプライドはあまり出したくない、という考えのようだ。しかしきょうの放送をみて、私に無意識のプライドがたくさんあることに気づいた。
 私は自分の生き方にこだわり、それをガンコに続けている。
 武田鉄矢さんが、「私は・・・」という言い方をすることがプライドである、と言った。このホームページの中の文章には「私は」という表現があふれている。

 自慢や虚栄のプライドは捨てて、自尊心のプライドを守り、自分らしく生きていけたら、と思う。




                          [→目次]

タモリの新哲学大王! 第20回「カラオケ」

                  97/8/27・フジテレビ

カラオケとは、ひとりではあるけれど、
        ひとりでは行けない空間である
」 瀬戸朝香
   人の歌は聞かずに次の歌を探す。 自分の世界に入る。

カラオケとは、メッセージをしっかり気持ちを込めて
        真剣に伝える場である
」 中畑清

カラオケとは、合わせ鏡である」 中山秀征
   今の自分の心境を表すもの。

カラオケとは、音楽の、ライブの冷凍食品である」 赤坂泰彦
   お手軽に楽しめる。 でも本物も食べたくなる。

カラオケとは、一種の宗教行事である」 武田鉄矢

カラオケとは、アジアの共通語である」 オン・スイピン(台湾)
   娯楽が少なかったアジアに大流行。
   個室の中で自分がスターになる。

カラオケとは、ポップミュージックの未来を蝕むウィルスである
                              萩原健太
   売れる曲 → カラオケで歌いたい曲 → レベルを下げた音楽

カラオケとは、音符のフォトグラフである」 森口博子
   自分は古い曲をしみじみ歌うタイプ。
   自分が過ごしてきた時間を振り返りたい。

カラオケとは、心の体温計である」 志茂田景樹
   人の反応を見て、自分を知る。

カラオケとは、唯一、人に見せられるマスターベーションである
                              江藤博利

カラオケとは、ポジティブ精神を養う場である」 小池聡行
   前向き、ポジティブになれる。

カラオケとは、芸能性の持っている根本的矛盾、
              それを調整する装置である
」 森毅
   芸能性 = 人目をさけることと、人目を誘うことの矛盾性
   閉じた空間(人目をさける)で特定の人の前で歌う(人目を誘う)。


カラオケとは、農耕民族のミュージックセラピー、
                時に公害である
」 湯川れい子

カラオケとは、タイムトリップカーニバルである」 神田正輝

カラオケとは、アルバムである」 飯島愛

カラオケとは、期末テストである」 奥山佳恵
   新譜のテスト(新しい曲を覚えているか)

カラオケとは、スキージャンプである」 松岡昌宏
   短時間のスリルと満足感。

カラオケとは、大人の学芸会である」 山田五郎


街のおことば(街頭インタビュー「カラオケとは?」)

朋ちゃんになりきれる/歌わないと眠れない/口ベタの口説き文句/私の人生/普段出せない自分を出す所/アドレナリン物質を発するもの/世渡りの方法/一生つきあっていける友達/やりがいのあるヒマつぶし。


 歌をうたうこと自体には、ストレス発散気分転換の効果がある。うたう歌で気分が変わる。歌をうたうことでイヤなことを一時的に忘れることもできる。
 仲間で行くから人づきあいの要素は欠かせない。
 興奮できる。人は非日常的な興奮を求める。ギャンブルやゲームなどもそう。
 スポットライトをあびることができる。人には目立ちたい、注目されたい。人より歌がうまい、歌を知っていることで優越感をえたい人もいるだろう。

 私は、カラオケに誘われればだいたい行く。でも、最近は年に4・5回か。
 歌はしょっちゅううたっている。ドラマの主題歌やCMソングはよく覚える。単純作業は鼻歌まじりがいい。歩いている時にはよく口ずさんでいる。
 カラオケは、たまにはいいが、頻繁に行きたいとは思わない。




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タモリの新哲学大王! 第21回「お笑い」

                  97/9/ 3・フジテレビ

お笑いとは、すてきなハッタリをかます人と、
     それを受け止められる人とのラリーである
」 ハウス加賀谷
   お客さんが笑ってくれて、
   「ボク、ここに存在させてもらっていいんですね」って確認できる。

お笑いとは、消耗品である」 清水よし子
   笑いはその場限り。 すぐに新しい笑いを求めてしまう。

お笑いとは、地獄のような残酷なものであり、
           天国へ昇るような快感である
」 三宅裕司
   劇場ではその場ですぐ結果がでる。恍惚感・快感ではセックスより上。

お笑いとは、ゼロである」 遠藤久美子
   笑うと気持ちがまっ白になってゼロになる。
   気持ちの張りをゆるめてくれる。
   お笑いを嫌いな人はすごく少ない。

お笑いとは、今現在と格闘し続けることである」 高田文夫
   お笑いは時がたつと色あせる。 時代とともに寝ている。
   お笑いはキャッチボール。

お笑いとは、座りにくい丸い球のイスの上に
     しゃにむに座ろうとするおかしさと悲しさである
」 武田鉄矢

お笑いとは、反骨という暗い枝に咲いたにぎやかな花である」 山藤章二
   芸人の反骨精神。

お笑いとは、マゾが主導権を握るSMプレイである」 ダンカン
   腕が折れても笑ってくれればいい。
   今はお笑いをやるとモテる。
   お笑いの人に優越感を感じて笑う。

お笑いとは、人間だけが与えることができる
                素敵なブレゼントである
」 谷村新司
   お笑いには技術の裏付け・インテリジェンスが要る。
   場の空気をとらえる技術が必要。それを自然にやれる人が天才。
   笑っている瞬間は身体がゆるんでいる。

お笑いとは、驚きの不意打ちである」 山本晋也

お笑いとは、産業・インダストリーである」 桂文珍

お笑いとは、自己批判によって身分秩序から脱出する存在である」 森毅
   他人を笑わせることに一生懸命の割りには、他人に笑われることを嫌がる。


お笑いとは、勲章である」 加藤登紀子

お笑いとは、世代別ビタミンである」 神田正輝
   笑いは薬。 世代別に効く人と効かない人がいる。

お笑いとは、ハマチである」 山瀬まみ
   自分の中ではスゴイ存在。

お笑いとは、パブロ・ピカソである」 飯島愛
   その場の自由の発想・表現。

お笑いとは、オールマイティである」 松岡昌宏
   お笑いができる人はなんでもできる。

お笑いとは、自己相対化である」 山田五郎
   自分を引き下げることで、自分は強くなれ、人もラクにできる。


 「お笑い」と「笑い」とは違う?
 お笑い産業、お笑い芸人。 専門家によるサービス産業か。

 「笑う門(かど)には福きたる」「笑いは良薬」

 私はたまにカラ笑いをする。



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タモリの新哲学大王! 第22回「死」

                  97/9/10・フジテレビ

死とは、必ずやってくる一番怖いもので、
     そして一番考えたくないものである
」 さとう珠緒
   怖い。まだやりたいこと、遊びたいこと、行きたい場所があるから。

死とは、生きざまの清算である」 河相我聞
   生には終わりがあるが、魂は永遠。だから怖くない。

死とは、この世の肉体の終わりであっても、
            新しい出発である
」 橋幸夫

死とは、『贈る言葉』である」 武田鉄矢
   自宅で死にたい。送る曲は、「贈る言葉」。

死とは、シンデレラのカボチャになった馬車である」 デーブ・スペクター
   死に感謝している。シンデレラの12時と同じ。
   期限があるから、プレッシャーを与えてくれる、やる気を起こしてくれる。

死とは、人生最後の映画である」 伊丹十三
   臨死体験が楽しみ。どんな映像が見られるか。
   ほとんどの人は死の恐怖から逃れるために、何かを追い求める。
   しかし、それは死を見つめていない。
   死を見つめることにより、人生が光り輝くように見える。

死とは、本人は無になるけど、生きている人間に
     すごいいろんな影響を与えるものである
」 今井通子
   人の心の中に生きている。
   登山の時には、生きている自分の全能力を試している。

死とは、・・・死にたかねぇなぁ、である」 安部譲二
   父母の死。怖がりの2人が従容として死んでいった。
   死は怖いが、自分もそう死ねるのではないか。

死とは、ジェットコースターに乗るようなものである」 小川知子
   死はワクワクすること。未知の世界に対する興味。死後の世界。
   人生は遊園地を巡っているようなもの。
   ジェットコースターが好き。怖さと壮快感。

死とは、後片づけを考えなくていい人生最大のイベントである」 岡田真澄
   20歳すぎに画家の父が自殺。母は口頭ガンで。
   死によって永遠の存在になる。

死とは、人間はその人間にふさわしい死を迎え、恐れることはない」 大島渚
   生と死は、今日と明日と変わりない。恐れることはない。

死とは、人生という物語の結果である」 森毅
   死は不条理。
   犯人がわからないうちに終わってしまうミステリー小説のよう。
   それをおもしろいと思うしかない。


死とは、砂とりゲームである」 加藤登紀子
   少しずつ取り合う。自分が取る時と、向こう(天)が取る時。

死とは、オーダーできないものである」 神田正輝
   希望通りにならない。
     「生きながら死んでいるヤツが多いのに、
      死んでからまだ生きているヤツがいる」
        (勝新太郎・石原裕二郎の死に際して)

死とは、欲望である」 杉本彩
   どうせ1度の人生だから、○○したい。

死とは、こわれた双眼鏡である」 奥山佳恵
   距離感がわからない。いつくるかわからない。

死とは、ラストシーン終わりのカチンコである」 松岡昌宏

死とは、人生の締め切りである
死とは、黒である」         山田五郎
   死が怖ければ怖いほど、人生が輝く。


 「死」については、8月の第2週の人生相談「死について悩む」で考えました。
 死を恐れて、ビクビクしたり、投げやりになって生きるのはよくない。ふだんは死を意識しなくていい。でも人生の中で何度かは、死を見つめたほうがいい、自分の人生を輝かすために。




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タモリの新哲学大王! 最終回「哲学大王」

                  97/9/18・フジテレビ

哲学大王とは、運動をしないで筋肉痛になるものでした」 飯島愛
   考えないで生きてきた。この番組で真剣に考えることができた。
   でも次の日、頭の中が固くなった。

哲学大王とは、学級会である」 奥山佳恵

哲学大王とは、私小説を書くことであった」 うつみ宮土理
   自分の心を見つめて、さらけだす。

哲学大王とは、意味のある無意味である」 河相我聞
   聞かれなかったら(番組に出なければ)考えなかった。充実感があった。
   「俺って何で生きているんだろう?」「俺って誰なんだろう?」
   などと、考えるようになった。

哲学大王とは、自分を映し出す鏡でした」 東ちづる
   自分の考えを発見。過去を振り返る=おもしろい作業。

哲学大王とは、ま、ここに座りなさい、である」 糸井重里
   「イヤ」と言えない。でもよかった。

哲学大王とは、やぶれたフンドシ=たまには金が出る」 山本晋也
   1回に1つだけ、いい考えがあった。
   それは、よろこびであり、その人を好きになった。

哲学大王とは、迷惑、やっかいでした」 デーブ・スペクター
   忙しいのに、事前に深刻に悩んで話さなくちゃいけない。

哲学大王とは、マゾヒスティックな快感である」 南美希子
   労を要する仕事、でも新鮮な感じ。
   ぎゅんぎゅん考えなくちゃいけない、つらいこと。
     でも、それがこたえられない。

哲学大王とは、原千晶というヤジロベエの片方の重りのようなものである
                            原千晶
   人に何と思われるかわからないというリスクを持ってやっている
   他のバラエティ番組。この番組でまじめな自分を見せることができた。
   ちょっと違う自分を見てほしかった。父が見てほめてくれた。

哲学大王とは、夢の文化人デビュー番組だった」 家田荘子
   自分はイメージが悪く、ゴールデンタイムにはテレビ出演できなかった。
   この番組でゴールデンタイムに出られてよかった。
   「見たわよ」と言われてうれしかった。

哲学大王とは、"美味しい"というのをつきぬけた料理である
                            山本益博
   あとでなんとなく考える力が湧いた。
   答えが出ない番組がおもしろかった。

哲学大王とは、魂のレクレーションである」 村田吉弘
   忙しさに追われて仕事ばかりしていると煮詰まってくる。
   真剣に考えるうちに、肉体から頭が抜け出てさまよう。
   肉体に戻るとスッキリする。

哲学大王とは、私がやっていればこんなはずにならなかった番組です
                           武田鉄矢
   ひそかに司会者の座をねらっていた。
   わが家の人気番組。娘からおほめの言葉。

哲学大王とは、桜吹雪のようなものである」 谷村新司
   あっという間に消えて、余韻が残るもの。
   テレビではちょっと難しかった?
   参加意識をもって見ないとつまらない。(自分も考えてみる)
   息子(19歳)が大ファン。コイツなかなかやるな、って思った。

哲学大王とは、当選確実が出たけれど、票が間違ってて、
       実は次点だった候補者である
」 栗本慎一郎
   番組の作り方に、少し遠慮があったのではないか?
   人間だけが思考する。食べ物みたいに必要なもの。

哲学大王とは、大変勇気のある企画であった」 大島渚
   哲学とは「言葉」。今は「言葉」でも「映像」でもない中途半端な時代。
   だからこの番組を成功(視聴率をとる?)させるのは難しい。

哲学大王とは、はっずかしーい体験であった」 山咲千里
   「私はこう思います」と、自分そのものを出した。裸より恥ずかしい。
   でも、自分に対する気づき、自分と出会う旅の経験は良かった。

哲学大王とは、やせたら使ってもらえるベルトの穴である」 岡田真澄
   哲学はみんなが持っているもの。でもそれに気づかない。
   余計な考えを捨てて、本質を見極めた時に役立つ。

哲学大王とは、意見が産み出されるためのおしゃべりの過程である」 森毅
   今考えていることはなんだろう? その作業自身が哲学。
   結論はどうでもいい。意見が生まれてくる過程が大事。


哲学大王とは、コンニャクである」 加藤登紀子
   栄養にはならないが、心を掃除してくれる。

哲学大王とは、ヌードである」 神田正輝
   人の意見を聞いて、自分の口を折る事を学んだ。

哲学大王とは、ミニチュアせんじんの谷である」 山瀬まみ
   テーマを与えて、つき落される。

哲学大王とは、円周率である」 鈴木紗里奈
   答えが出ない。

哲学大王とは、『ありがとう、武田さん』である」 松岡昌宏

哲学大王とは、京都のお寺に置いてある落書帖である」 山田五郎
   何を書いてもいい。自分をさらけだせる。

哲学大王とは、好き嫌いのあるスポンジである」 木佐彩子
   いろいろな考えを吸って頭が重くなる。


 私にとっては、もちろん素晴らしい番組でした。このページを作らせていただいたし、いろいろな人の意見を聞くことができました。
 1つのことに関して、人の意見がいろいろあることがわかりました。人はそれぞれにいろいろな考え方をして生きている。幸せも人それぞれが当り前です。
 自分の及んでいない考えがいっぱいあるのだと思いました。

 きっと多くの反響があった番組だと思います。きっと形や放送時間を変えて、同じような企画の番組がいずれまたあるのでは、と期待しています。

 「どうもありがとうございました

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