しあわせ日記
3月11日(木)なれたらいいな
またまた「徳川家康」より。
結局人間の器は、その人の執着してゆく対象が、
何であるかによって決まってゆくものかも知れない。
私が執着しているのは、もちろん「幸せ」です。
何か1つのことを極めた人は、それが他のことにも活かされると思います。1つの道の達人は、人生の達人のように思えます。
今の私はまだ「幸せオタク」に過ぎませんが、「幸せの達人」になることは私の夢の1つです。遠くて、とどかないかも知れませんが、「少しでも近づけたらいいな」と思っています。
なれたらいいな、幸せの達人
好!好!
3月12日(金)信じること
くよくよしない方法・その48は、「大いなる存在を感じる」。
「大いなる存在」・・・神聖さ、神の指紋。
神(の信仰・イメージ)は、幸せになる方法の1つだとは思います。
神というのは万能です。万能なものを神と呼ぶのかもしれません。
私は、幸せは無数にあり、自分が幸せになる方法もたくさんと考えています。だから、1つのものにとらわれないほうがいいと思っています。
「徳川家康」より。
「信仰は、人それぞれを幸福にもするが盲目にもする」
信じることはいいこと、でもまわりが見えなくなってしまうほど、信じすぎては問題があります。そのためには、自分を見つめること、人への思いやりを忘れないこと、現実から離れないことなどが大切なのだと思います。
ところで、このホームページって、宗教的だと思いますか?
こんなに「幸」っていう文字がいっぱいなのは、やっぱり変かなぁ。
ハオハオ
3月13日(土)ケセラセラ
今夜の「ブロードキャスター」(TBSテレビ)で「ケセラセラ」をキーワードにニュースをダイジェストしていた。
「ケセラセラ、なるようになる」
私は、「なるようになる」って、好きです。
「幸せになる方法」の2つめは、「明日の幸せを信じて生きる」です。そのための具体的な方法はあまり持っていません。「なるようになる」をいちばん使っているような気がします。
「なるようになる」って、正しい考え方です。現実は「なるようになる」しかないのです。
「なるようになる」って思うことができれば、くよくよしなくてすみ、思い切って決断できることも多くなると思います。
3月14日(日)淀川長治さん
今夜の「知ってるつもり」(日本テレビ)は、「淀川長治」さん。
淀川さんのよく使った言葉。
「他人歓迎」
「私は未だかつて嫌いな人に会ったことがない」
「苦労よ来い」
人づきあいの苦手だった淀川さんが、それを克服するために繰り返した言葉だそうです。
この3つともが観点が違う工夫だと思いました。
「苦労よ来い」は、私の「すべてのことはいい経験」と似ているなと思いました。
淀川さんも、生涯現役、一所懸命の人生。
私にとってはとても学ぶことの多い人だと思います。
3月15日(月)楽しくない
「楽しくない」と言って、不幸な気もちになる人がいます。
楽しいことがない、なんとなく楽しくない、何をやっても楽しくない、日々の生活が楽しくない、生きるのが楽しくない、・・・。
このようなことを考えたら、確かに不幸な気もちになるでしょう。
でも、一瞬そう思っても、「これは不幸になる考え方だ。では、幸せになる考え方は?」や「こう思ったことも、幸せになるきっかけにできるんじゃないか?」などと幸せになる考え方を心がければいいんですが・・・。
“楽しいこと”は幸せの一種です。
楽しいことを考え・実行すれば幸せになれます。
でも、幸せは“楽しいこと”以外にもたくさんあります。楽しめない時にムリをして楽しもうとする必要はありません。自分のその時にできる幸せになる方法を考えましょう。その意味では、幸せのレパートリーがたくさんあったほうがいいと思います。
3月16日(火)悪いクセ
「楽しくない」などと考えて不幸な気もちになってしまうのは、「楽しいことがない」のが原因かもしれませんが、他にも原因がある場合が多いと思います。
人はちょっとしたことで不幸になる考え方をしがちです。
イライラしている時、気分が悪い時、体調が悪い時、お腹がすいている時、疲れている時、眠い時、イヤなことがあった後、うまくいっていないことがある時、何か悩みがある時、・・・。
私は最近、疲れていると、よく同じイヤな気もちになる考え方をしがちなのに気づきました。今はそういう時には、「疲れているからだ。このことは今考えるのはよそう」などと考えることができます。
もう1つ私がよく使う方法は、「私には、こういう時にイヤな気持ちになるクセがある」です。
どんな状況、どんなきっかけでも、同じ考えを繰り返してイヤな気分になるのは、自分にはそういうクセがあるということです。まずは、そのクセに気づくことが第一です。「自分にはこういうクセがある」と認識できれば、そのクセをやってしまっても、「あ、また、このクセが出ちゃった」と言ってしまえばいいんです。そのことで自分を責める必要はありません。クセなのですから、しょうがありません。ハオハオです。自分の悪いクセを笑ってすましてしまえばいいんです。でも、それを続けていけば、少しずつ気づくのが早くなり、だんだん悪いクセは出なくなっていくものです。
自分が不幸になる原因を考えすぎることも、不幸になる考え方だと思います。
3月17日(水)幸せになるきっかけ
「楽しくない」と思った時、前向きな考え方は「じゃあ、楽しくなることを考え・やろう」かもしれませんが、これがいつも幸せになる考え方とは限らないと思います。
「楽しくない・・・これは不幸になる考え方。では今の自分の幸せになる考え方は?」
その時の幸せになる考え方は、「まぁ、いいか」「あとで考えよう」「少し寝よう」「何か食べよう」「散歩でもしてこよう」「またこのクセが出ちゃった」などの軽い考え方かもしれません。
「楽しくない」をきっかけに、他の幸せになることを始めるのなら、「今を愉しむ、今幸せを感じられることをする」または「自分の夢や目標について考え・努力する」または「幸せにしたい人のことを考える、幸せにしたい人を幸せにすることを考え・する」などを考えてみたらいいと思います。
その際にまず大切なのは、今の気もちです。今を愉しむことはとても有効です。また、夢や目標は、それを持っていることを幸せと思い、その過程を愉しむことが重要です。人を幸せにすることでは、幸せにしたい人がいることを幸せと思い、人を幸せにすることを自分の喜び・幸せと思えることが肝心です。
「楽しくない」と考えたことも、幸せになることを意識して始めるきっかけにすることができると思います。
3月18日(木)とらわれない
「楽しくない」と考えてしまう原因は、いろいろと考えられますが、“楽しい”ことにとらわれているとも考えられます。
「絶対楽しくなくてはいけない」「いつも楽しくなければダメ」「すごく楽しくなくちゃイヤ」・・・こんなふうに考えていたら、誰だって「楽しくない」となってしまいます。こんなふうに考えてはいなくても、「楽しくない」と考える時には、いずれかの考えが心の中に潜んでいるような気がします。
楽しいのが普通なのでしょうか? 楽しいことがそんなにたくさんあるのでしょうか? すごく楽しいことはなおさらです。
楽しいことがなければ、幸せになれないのでしょうか? 楽しいだけでいいのでしょうか?
「楽しい」ことは、幸せの一種です。楽しいこともたくさんありますが、他の幸せはそれ以上にたくさんあります。
“楽しい”ことに、とらわれないほうがいいと思います。
「楽しくない」と思うことがあるなら、「やりたいことをやる」っていうのはどうでしょうか。
自分がやりたいことをやろう!!
やりたいことだけをやって生きようって言ってるんじゃないよ
自分にできないことをやろうって言ってるんでもないよ
自分にできそうなやりたいことを、とりあえず1つやればいいんだよ
3月19日(金)思い込み
くよくよしない方法・その50は、「思い込みにとらわれない」。
肝心なのは、思い込みの内容ではない。固定観念または先入観にとらわれすぎているという事実だ。
そうなのです。「楽しいことを求める」のはいいこと、悪いのは求めすぎること。
「○○はいいこと、○○すぎるのはよくないこと」
思い込みにとらわれないためには、まず自分の思い込みに気づけること。
そのためには、自分の心を見つめること。そのヒントは、自分のイヤな気もち。「このイヤな気もちになったのは、なぜだろう? 自分の心の中にも何か問題があるはず。何か思い込みがあるのではないだろうか?」
よくある思い込みって、どんなもの?
・ 人に嫌われたくない、自分をよく見せたい
・ あの人は自分を嫌っているに違いない、あの人は自分に悪意がある
・ 人は正しくなくてはいけない、間違ってはいけない、はやくやらなければ
・ 人は常識がなくてはいけない、マナーがよくなくてはいけない
・ 人はやさしくなくてはいけない、思いやりがなくてはいけない
・ 楽しくなくてはいけない、幸せでなくてはいけない
それぞれは、本来けして、悪い思いではありません。人間として望ましいことが多いと思います。問題なのは、思い込んでしまうこと、とらわれてしまうこと。その結果、イヤな気もちになってしまうこと。
私には、こういう時にイヤな気もちになるクセがある。
イヤな気もちになるのは、○○という思い込みがあるからかもしれない。
○○はいいこと、○○すぎるのはよくないこと。
まぁ、いいか。ハオハオ。
それより幸せになることを考え・やろう。
3月20日(土)夢があるから