
しあわせ日記
日常は学びの宝庫
「幸福度の高い人が日常で学んでいること「本当にそうかも」「視点を変えよう」」(saita)より、
たとえば、仕事の進め方。あの人はなぜ段取りがいいのか、なぜ話がわかりやすいのか。コミュニケーションも同じで、相手の言葉の選び方や間の取り方から、気づけることは意外と多いものです。
「どうしてだろう?」と視点を少し変えるだけで、日常は学びの宝庫になります。
日常生活の中でも、「学ぼう」と思っていれば、学べることはたくさんあるでしょう。
「人から学ぼう」と考え、探せば、手本・模範したい人がいるでしょう。
見習いたい所をもつ人はけっこういるでしょう。
そういう人を「どうしてだろう?」と考えてみれば、学べることがあるのではないでしょうか。
また、優れた人と自分を比べて、嫉妬したり、落ちこんだりすることも減るでしょう。
自分にとって嫌な人や苦手な人も、人間(関係)について学ぶための「いい練習相手」と考えることもできるでしょう。
『人生は学校であり、厄介な人は教師である』 マーク・I・ローゼン
自分をイライラさせたりイヤな思いをさせたりする人も、反面教師と考えれば、自分は「人にこんなことをしないようにしよう」「こういう人にはならないように気をつけよう」とは考えられるでしょう。
少なくとも、「世の中にはこんな人もいる」ということを学ぶことはできるでしょう。
「何かを学びとってやろう」という意気込み(心の姿勢)になれるだけでも、物事の見方が変わります。
その結果として、その事から受ける感じ方も変わり、イヤな感じも小さくなるでしょう。
何か学べることが見つかった時には、気もちがラクになるでしょう。
あとから振り返って、学んだことがその後に活かされたと感じられれば、「いい経験だった」と思えるようになるでしょう。
まわりの人や自分の経験から「何かを学ぼう」と心がけることが習慣になれば、歳を重ねるにしたがって、自分が少しずつ成長し、それだけ幸せに暮らせるようになっていけるのではないでしょうか。