読書日記

  人生は魂の修行の場

 『生きていくことの意味』(諸富祥彦)より、
 さまざまな“問題”や“悩みのタネ”――人間関係のもつれ、家庭の崩壊、リストラ、慢性の病や症状など――は、私たちに何か、なくてはならない大切な気づきやメッセージを与えてくれる“人生の先生”、敬うべき“人生の師”だと言える。
 要するに人生とは、私たちに、次から次へと悩みや問題を与え、それに私たちがどう答えるか、そこから私たちが何に気づき、何を学べるかを試されている“試練の場”“魂の修行の場”なのである。
 「悩みや問題は“人生の師”」と考えれるといいのでしょう。
 同じような考え方には、「すべてのことはいい経験」「(イヤな人は)いい練習相手」『我以外皆我師』吉川英治、などがあります。

 「人生は“魂の修行の場”」と考えられるといいのでしょう。
 同じような考え方には、『私は人生を、魂の力を試す材料だと考えている』ブラウニング、『人生は学校であり、厄介な人は教師である』マーク・I・ローゼン、『人生は学校である。そこでは幸福より不幸の方が良い教師である』フリーチェ、などがあります。

 このような考え方で大きいのは、心の姿勢が変わることだと思います。
 問題や人生をイヤがったり逃げ腰になったりあきらめたりすると、余計につらくなると思います。一方、問題や人生に正面から取り組み、さらに今後の自分に役立てようすると、精神的にずっとラクになると思います。それができる自分は強くなれたと思えるでしょう。しかも、さらに成長していくことができるのです。

 人生とは「自分(の心)を育てる場」それによって「幸せになっていく場」と考えられるといいのではないでしょうか。



   

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生きていくことの意味』諸富祥彦

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