私が大切に考えていることに、「限られた時間だからこそ、非生産的なことがらにそれを使わない」ということがある。「時間の使い方」として、「こういうことに時間を使いたい」とともに、「こういうことには時間を使いたくない」というのもあるのではないでしょうか。
非生産的、というとすぐに何もしない時間あるいはぐずぐずした時間、ぼんやりした時間と考える方がいるが、そうではない。そうした表面的な生産的という視点をしばし忘れてほしい。ぼんやりというのも大切なことがあるからだ。
私のいう「非生産的」というのは、「嫉妬」「後悔」「過剰な先読み思考」などの感情である。
こうした感情にとらわれていると、いくら時間があっても足りることはない。
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