
しあわせ日記
4月20日(木) すべて幸せのためにある
PHP5月号「松下幸之助の遺した言葉」より、
宗教は人間の幸せのために存在する、学問もまたその通りであります。
宗教も学問も科学も、人間の幸せのためにある。
政治も法律も、国民の幸せのためにある。
夢や目標も愛も、幸せのためにある。
仕事も結婚も、幸せのためにする。会社も家庭も、幸せのためにある。
人づきあいも趣味も遊びも、幸せのためにする。
生活の中でする一つ一つのことは、すべて幸せのためにする。
このような意識をもって生きている人は少ないでしょう。
でも、本来、そうあるべきなのではないでしょうか。
反対に、本来「幸せのため」のものが不幸をもたらしているとしたら、何かがおかしいのではないでしょうか。
政治や科学や宗教のために人間が不幸になる。
夢や目標をもつことで不幸になる。人を愛することで不幸になる。
仕事や勉強のことで不幸になる。家庭の問題で不幸になる。
人間関係で不幸になる。趣味や遊びが原因で不幸になる。
生活が苦しいこと・つらいことばかりで、幸せを感じられない。
このようなことは現実としてあることです。
中には避けられない不幸もあるでしょう。
でも、「幸せのためには、これをどうしたらいいか(どう考えたらいいか)?」と考えることで不幸を避けられる、もしくは、不幸を小さくできることもあると思います。
(不幸が生まれないうちに)「幸せのためには、これをどうしたらいいか?」と考え、努力していれば、幸せに結びつくことがきっと増えるでしょう。
「(これは/すべては)幸せのためにある」という見地から考え直してみれば、幸せの方向性が見えてくることがあるのではないでしょうか。