しあわせ日記
12月1日(木) 熱意・温かい心
ラッセルの「幸福論」(岩波文庫)第2部「幸福をもたらすもの」
第11章「熱意」より
幸福な人たちの最も一般的で、他と区別される特徴と私には思われるものを扱うとしよう。すなわち、熱意である。
熱意の形は無数にある。
逆の言い方をすれば、「冷めた心」では幸せになれない、ということではないかと思います。
熱意の第一は、「望む心」だと思います。
意志、意欲、願望など、望むものが無い人、望む気もちが弱い人は、幸せになりにくいでしょう。
望む心が強ければ、それを求めて行動するでしょう。それだけ幸せに結びつくことが増えるでしょう。
幸せになるためには、自分が何を望んでいるかを知り、その望みを叶えるように行動できるようになれればいいのでしょう。
ということで、熱意の第二として「行動を支える心」を挙げたいと思います。
やる気、勇気、元気などです。
やる気がない人、勇気がない人、元気がない人は、幸せになりにくいでしょう。
幸せになるためには、やる気を出す工夫や決断し行動する工夫や元気を出す工夫などができるようになれるといいでしょう。
熱意の第三に「感じる心」を入れたいと思います。
いいこと・幸せなことがあっても、冷めた心では何も感じられないでしょう。
いいことを素直に感じ、できれば、それを「幸せ」と思える温かい心を養うことができたらいいでしょう。
幸せを感じられるようになることは、心がけを続けることで可能だと思います。
「温かい心」には、人に対するやさしさや思いやり、さらには「人を愛する心」も含まれるでしょう。
人を愛する幸せを感じられるようになれたらいいのではないでしょうか。
興味、関心、好奇心、遊び心なども、広い意味での(冷めた心でない)熱意に入ると思います。
本物の熱意、つまり、実は忘却を求めているたぐいではない熱意は、人間の持って生まれた資質の一部である。
幼い子供たちは、見聞きするあらゆるものに興味を持っている。彼らにとっては、世界は驚異にみちみちている。
熱意こそは、幸福と健康の秘訣である。
人は、本来、熱意や温かい心をもっているのだと思います。
幼い子供には、いろんな熱意が確かに見られます。
成長するに従って熱意を失っていくのは、余計なことを考えすぎるからかもしれません。
でも逆に、自分の心を熱くする・温めるような考え方もできるのではないでしょうか。
たとえば、「○○たらいいな。ではどうしたら?」という考え方です。
幸せになるための熱意のはじめの一歩は、「幸せになれたらいいな。ではどうしたら?」と考えることからかもしれません。