不幸のほとんどは自分が創り出している

 人の不幸のうちのほとんどは自分で創り出しています。自分に無いものを数えたり、人の幸福を羨んだり、勝手に人を悪人だと決めつけたり、過去の不幸を繰り返し不幸がってみたりします。自分が考えなければ、不幸でも何でもないことです。このようなことをふと思っても、気にしないで通り過ぎればいいのです。

 しかし、人生には不幸な出来事が起ります。愛する人との別れ、失敗や挫折、天災や事故、病気など、いろいろなことが起ります。
 そして、不幸なことに出会ったときには、悲しい、つらい、悔しい、苦しいなどの感情が湧いてきます。このような感情自体は不幸ではありません。感情に対して自分が不幸だと思ったときに、はじめて人間は不幸になります。不幸な出来事に対する一時的な感情が湧くのは、しかたがありません。泣いてもかまいません。感情をじっとおさえて耐えるのもいいでしょう。何かに夢中になって忘れる方法もあります。いずれにしても時がたてば感情はおさまります。

 不幸な出来事も、それに対する感情も、それを不幸と思わない限り、その人は不幸ではありません。自分が不幸だと思うから、不幸になるのです。つまり、不幸はすべて自分が創り出しているとも言えます。どんなことが起きても、自分を不幸だと思わない人は、絶対に不幸にはなりません。しかし、人は時として不幸に陥ってしまいます。そこがまた人間らしいところでもあるのです。

 不幸に陥ると幸せになるための考えと行動ができなくなります。ただ不幸を嘆くだけで時間をむだに過ごしたり、自暴自棄になって自分や人を傷つけたりすることもあります。やるべきことをやらなかったり、暴飲暴食や浪費をしたり、人を怨んだり、暴力を働いたりすることも考えられます。

 自分が不幸な出来事によって平常と違う状態に陥っているときには、特に注意が必要です。自分を失って悪いことをしない。後で取り返しのつかないことをしない。前進しなければ状態が変わらない時には、立ちすくまない。これらのことが大切です。さもないと、小さな不幸を自ら大きな不幸にしてしまいます。その大きな不幸のほとんどは、自分が勝手に創り出した不幸です。

 不幸な出来事は実際に起ります。せめて、自分では不幸を創り出さないようにしよう。



   

幸せになる方法

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