自立を見守る
幸せにしたい相手が、自分で幸せになろうとするのを、妨げるようなことはしないほうがいいでしょう。
相手の幸せになる方法には、自分の協力は必要ないこともあります。それが相手の自立につながることだったりもします。
そういう時には、「見守る」のがいいと思います。
相手が自力で幸せになることを祈りつつ、見守る。
相手が困った時には、助ける。たとえば、つらい時には話を聞いてあげたりして心を支える、病気になった時には看病やお見舞いをする、衣食住にも困るような場合には一時的に経済的な援助をする、など。
相手が幸せになった時には、祝福してあげる。
見守ることは見離すことではありません。
ちゃんと「見守る」ことは、大きな愛がなければできないことだと思います。
相手の幸せのためには「身をひく」というのも、一つの愛の形だと思います。
また、相手を自立させることを考えたほうがいいこともあります。
先生と教え子、師匠と弟子では、師にとっていちばんの喜びは、相手が一人前になることのはずです。
親子では、親離れ・子離れが必要な時がきます。それができないと、子供の幸せを妨げることになってしまうのではないでしょうか。
相手を自立させるということは、自分から離れていくことであり、寂しい気もちもあるでしょうが、それよりも相手の幸せを考えることが大切だと思うのです。
一つの愛が自立によって巣立ったら、自分は次の愛(幸せにしたい人)や次の幸せ(他の幸せになる方法)を見つけていけばいいのです。