人のため? 自分のため?

 ふつう人は(無意識に)「自分のため」を考えて何かをしています。幸せになるための「愛」は(意識して)「人のため」に自分を使います。
 人のために、考える/何かをする/時間を使う/お金を使う/神経を使う/働く/生きるなどです。
 と言っても、すべて「人のため」にすることはないと思います。一時的にだったり、一部だったり、自分のためと兼ねていたりするわけです。

 私は(自分が)幸せになる方法の1つとして「人を幸せにする」ことを挙げています。
 人を幸せにすることができれば、相手の喜ぶ姿などの反響があり、それは自分にとって確かな喜びとなり幸せを感じられます。
 もう1つ忘れてならないのは、人を幸せにすること(人のため)を考えること自体が幸せを感じられることだということです。幸せにしたい人のことを想い、どうしたら幸せにできるだろうか考え、それがうまくいった時のことを想像することで、すでに少しは幸せな気分になれるのです。
 自分のことを考えると不幸になる考え方をしやすい人も、幸せにしたい人のことを考えていれば幸せになる考えができるのです。極端なことを言えば、自分のこと(幸せ)を考えるから不幸になってしまうのであり、人のこと(幸せ)を考えていれば不幸にならずに幸せな気分でいられるということもあるのです。

 「人のため(人の幸せ)」を考えるということに違和感や抵抗感がある人もいると思います。偽善的と感じる人もいます。
 そういう人は「人の幸せを考えるのは自分ため/自分が幸せになるため」と考えたらいいと思います。私もそこから始めました。
 『幸せになる方法』の中には次のように書きました。 「人を幸せにすれば、自分が幸せになれる」と
「自分が幸せになるためために、人を幸せにする」は、
考え方は少し違いますが、やることと結果は同じです。どちらでも自分にとって、人を幸せにしたいほうの考え方を選択して、人を幸せにすることで自分が幸せになろう。
 「人を幸せにする」ことは、「人のため」でもあり「自分のため」でもあるのです。二人のため、互いの幸せのため、私と家族のため、自分と仲間のため、私とみんなの幸せのため、・・・。

 「ふたりだと悲しみは半分になり、幸せは倍になる」と言われます。
 「愛」は幸せのわり算ではなく、幸せのかけ算なのです。(不幸はかけ算ではなくわり算)
 「共に幸せになる」というのはとても素敵なことだと思います。



   

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